コロンナ美術館:コロンナ家が守り続けたヴェネツィア派絵画を中心とするコレクション

コロンナ美術館はローマにある美術館で、コロンナ一族が住んでいたことからパラッツォ・コロンナ(コロンナ宮殿)の名前で親しまれています。バロック様式の建築物としても歴史的な価値があり、映画「ローマの休日」の撮影にも使用されました。展示されている美術品はコロンナ家が何代にもわたって収集・保管してきたもので、イタリア人及び諸外国の芸術家たちが手掛けた作品を見ることができます。では、そんなコロンナ美術館の歴史と所蔵品について詳しく解説していきます。

コロンナ美術館とは

コロンナ美術館は、イタリアの首都ローマにある美術館です。建物は13世紀に建設されたものでパラッツォ・コロンナ(コロンナ宮殿)と呼ばれ、ローマにある個人所有の宮殿の中でも歴史のある宮殿の1つとして知られています。現在はパラッツォ・コロンナの一部をコロンナ美術館として公開しています。

貴族・コロンナ家の歴史は12世紀から始まり、ローマ近郊の都市コロンナにルーツがあったためその名をとって家名としました。コロンナ宮殿は約5世紀にわたって改装・増築を繰り返したため、様々な技法が混在しているのが特徴です。14世紀~16世紀にかけては要塞としての役割をもつこともありました。また、オッドーネ・コロンナ(教皇マルティヌス5世)が行ったローマの文化的・行政的な再生事業の本拠地でもあります。

16世紀末には大改修によりバロック様式の豪壮な装飾が取り入れられ、ジャン・ロレンツォ・ベルニーニやアントニオ・デル・グランデといった建築界の巨匠たちの意見も反映されています。その後のコロンナ一族は数々の歴史的価値のある美術品を集め、第二次世界大戦下もコレクションを守り続けました。

近年、映画「ローマの休日」の撮影地としてパラッツォ・コロンナは注目を集めます。ラストシーンのアン王女(オードリーヘップバーン)の記者会見は、2階の勝利の柱の間で撮影されました。

2:02 宮殿が使用されたシーン

パラッツォ・コロンナ

コロンナ美術館の所蔵品

コロンナ美術館は、17世紀から20世紀にかけてコロンナ家が収集した絵画を展示する美術館です。ヴェネツィア派絵画はもちろん、ルネッサンス絵画やブロンツィーノの作品もコレクションされています。

そんなコロンナ美術館では、どのような作品を鑑賞することができるのでしょうか。主要な所蔵品をご紹介します。


《豆を食べる人》1583~1585年アンニーバレ・カラッチ

本作品は1583~1585年に、ボローニャ派の代表的な画家であるアンニーバレ・カラッチによって描かれました。

アンニーバレ・カラッチは1560年にイタリア北部ボローニャで生まれました。兄・従兄も画家であることから「カラッチ一族」と呼ばれ、彼らはイタリア・バロック期絵画における古典主義様式を確立します。「カラッチ一族」の中でも技量がもっとも優れていると評価されているのがアンニーバレです。

アンニーバレは、画家バルトロメオ・パッサロッティに弟子入りして絵画を学びます。初期の風俗画には師匠からの影響も見受けられますが、宗教画・風景画・肖像画など様々な作品を生み出す中で次第に作風も変化していきました。1585年頃になるとカラッチ一族はボローニャで絵画学校を設立し、ドメニキーノ、グイド・レーニといった有名画家を輩出します。アンニーバレの本領が発揮されたといわれているのは聖堂・宮殿の装飾で、なかでもパラッツォ・ファルネーゼの天井装飾はアンニーバレの代表作となっています。

本作品が秀逸なのは、豆を食べている農夫の素朴な表情と生活感を繊細に表現しているところにあります。木のスプーンを持つ仕草・半分だけ入ったワイングラスなど当時の暮らしが目に浮かぶようです。テクニックとしては印象派的表現を感じる荒々しいタッチと写実的な自然光を融合させており、非常に高度な技術が使われていることが分かります。

(Public Domain /‘Angelo custode’by Guercino. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

《守護天使》制作年不明グエルチーノ

本作品はバロック期の画家・グエルチーノことジョヴァンニ・フランチェスコ・バルビエーリによって描かれた作品です。グエルチーノとは「やぶにらみ」という意味をもち、彼が斜視だったことからつけられたあだ名です。

グエルチーノは1591年にイタリアのチェントという村で生まれました。1615年頃にはすでにボローニャに住んでいた記述があり、そこでバロック初期の画家ルドヴィコ・カラッチにその才能を認められ、巨大なカンヴァスにいくつもの作品を描きます。1621年頃にはローマ教皇グレゴリウス15世の元へ推薦されたためローマに渡り、フラスコ画、教会の天井画、バチカンに依頼された絵画などを手がけました。

グレゴリウス15世の没後は故郷チェントに戻り、ピアチェンツァ大聖堂にフラスコ画を描いていました。その後1642年にボローニャに工房を移し、1666年に亡くなるまで多くの作品を残します。グエルチーノは絵を描くのが早いことが有名でしたが、なかでもスケッチの上手さには目を見張るものがありました。

本作品は制作された年代が不明です。しかし、グエルチーノの初期作品はカラッチの影響を受けていますが、この作品は色彩豊かに描かれているため後期の作品であると考えられています。

(Public Domain /‘Madonna col Bambino’by Cosmè Tura. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)
(Public Domain /‘Vergine Annunziata’by Cosmè Tura. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)


《聖母と幼児イエス》《処女マリア受胎告知》制作年不明コズメ・トゥーラ

本作品はフェラーラ派を作った一人とされているルネサンスの画家、コズメ・トゥーラによって描かれました。
コズメ・トゥーラは1430年頃にフェラーラで生まれました。当時のフェラーラはエステ家によって整備され、ルネサンス期の文化・芸術が集まる場所の一つとして栄えていました。

トゥーラは、パドヴァのフランチェスコ・スクァルチォーネの弟子として絵画を学んだ後、フェラーラ公国の公爵となるボルソ・デステとエルコレ1世・デステのもとで作家活動を行い、1460年にはフェラーラ宮廷から俸給を受けました。

コロンナ美術館で展示している『聖母と幼児イエス』と『処女マリア受胎告知』の2点は小さなタブローです。『聖母と幼児イエス』は背景に黄道十二宮が描かれているため別名:十二宮の聖母と呼ばれることもあります。

おわりに

コロンナ美術館は、豪華なバロック建築と多彩な芸術作品を同じ空間で堪能できる美術館です。開館日が土曜日のみ(別途予約も可)なので、訪れる際には事前に確認しましょう。ぜひ一度、ローマの古き良き宮殿にお立ち寄りください。

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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