パラティーナ美術館:通好み!ピッティ宮殿にある隠れた名美術館

パラティーナ美術館は、イタリア・フィレンツェのピッティ宮殿内にある6つの美術館・博物館のひとつです。パラティーナ美術館は主に絵画を中心に所蔵・展示を行っています。
かつてフィレンツェを治めていたメディチ家をはじめ、この宮殿に住んでいた歴代の主たちが集めたコレクションが一般公開されています。そのコレクションの中には、ラファエロやティツィアーノといった有名芸術家の作品もあります。
そしてこのパラティーナ美術館は有名なウフィツィ美術館の近くにあります。ウフィツィ美術館を訪れることがあれば、是非ついでに足を運んでみてください。今回はパラティーナ美術館の歴史と所蔵作品について、詳しく解説していきます。

パラティーナ美術館とは

パラティーナ美術館は、イタリア・フィレンツェのピッティ宮殿敷地内にある美術館です。そのためピッティ美術館ともいわれています。
ピッティ宮殿は、フィレンツェの銀行家であるルカ・ピッティによって作られたものです。後に初代トスカーナ大公であるメディチ家が買い取り、以降はメディチ家が暮らしていました。
パラティーナ美術館が誕生したきっかけは、1620年ごろメディチ家のコジモ2世が絵画を収集し始めたことです。これらを土台に、メディチ家の大公やロートリンゲン家など宮殿の歴代主人たちが収集した絵画作品が、1833年に美術館として公開されるようになったのです。そのコレクション数は、なんと1,000点以上です。

また、ピッティ宮殿の中にはパラティーナ美術館を含めた6つの美術館・博物館がありますし、世界的にも有名なウフィツィ美術館とは、間に川があるにも関わらず回廊でつながっているといった面白い構造をしています。今回紹介するパラティーナ美術館以外にも周りに楽しめる美術館・博物館がたくさんあるので、1日では足りないくらいです。

パラティーナ美術館

パラティーナ美術館の所蔵品・展示室

パラティーナ美術館の最大の特徴は、ラファエロ・サンティやティツィアーノ・ヴェチェッリオをはじめとした、ルネッサンスを代表する画家の絵画作品が所蔵・展示されているところです。ラファエロといえば愛くるしい天使を描いた絵画が人気ですが、そんなラファエロの作品が数多くあることから、パラティーナ美術館はラファエロファンにはたまらない場所となっています。

では、パラティーナ美術館の作品および展示品をご紹介します。

《小椅子の聖母》1513-1514年ラファエロ・サンティ

本作品はルネサンスの最盛期に活躍した、ラファエロ・サンティによって描かれた絵画です。こちらの絵画は世界的にも有名な作品で、幼いキリストを抱きかかえた聖母マリアと、2人を見る洗礼者ヨハネが描かれています。
聖母マリアの優しいまなざし、幼いキリストのかわいらしい表情は、ラファエロならではの表現方法となっています。

ラファエロ・サンティは一般的にラファエロと呼ばれている画家で、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロと並び、「盛期ルネサンスの三大巨匠」と言われています。ラファエロは、1483年にイタリアの都市国家だったウルビーノ公国の宮廷画家の息子として生まれました。父の仕事を早くから手伝うほど芸術の才能があったといわれていて、10歳の頃に描いたとされる自画像は、その歳の少年が描いたとは思えないほど見事なものです。その後、父によって画家ペルジーノの工房へ弟子入りさせられたと言われています。ペルジーノから独立したラファエロは、その後レオナルド・ダ・ヴィンチの影響を大きく受けながらも独自の芸術路線を花開かせていきます。そして、ローマ教皇だったユリウス2世に重用され、宮廷での仕事も任されていきます。ラファエロは37歳という若さで亡くなります。その原因は多忙と心労だったとされていますが、真意は定かではありません。ラファエロが亡くなったことで、盛期ルネサンスが終焉を迎えていくのでした。

パラティーナ美術館を訪れた際には外せない作品です。

《悔悛するマグダラのマリア》1533年頃ティツィアーノ・ヴェチェッリオ

本作品は、ルネサンス最盛期に活躍をした画家ティツィアーノ・ヴェチェッリオによって描かれたものです。娼婦だったマグダラのマリアが、キリストと出会ったことで悔悛(かいしゅん)するという伝説をもとに描かれたとされています。ティツィアーノはこの作品で、信心深さと官能美を同時に描き出しました。
色味と感覚を重視して描くヴェネツィア派の代表であったティツィアーノは、後の西洋画家たちにも大きな影響を与えたとされています。

ティツィアーノは、レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロを超える巨匠と評価されていて、「形態のミケランジェロ、色彩のティツィアーノ」と称されているほどです。
ティツィアーノは1490年頃に誕生したとされています。12歳頃、弟と共に画家の内弟子になるべくヴェネツィアに住む叔父の元へ行くと、ルネサンス初期の画家でヴェネツィア派の頂点にいたジョヴァンニ・ベリーニを紹介されます。彼のもとで修業をし、兄弟子であるジョルジョーネの助手として働きながら数多くの芸術家たちと出会っていくなかで、ティツィアーノの才能がめきめきと成長していくのです。その後ベッリーニもジョルジョーネもペストで亡くなり、ティツィアーノがヴェネツィア派のトップになるのでした。

ジョルジョーネの後継者とみなされたティツィアーノのもとには、多くの絵画の受注が舞い込んできます。その中には、ローマ教皇など大きな権力をもつ人物からの依頼もありました。
1516年にヴェネツィア共和国公認画家になり、1530年以降は権力者たちからの絶大な信頼を勝ち得ていきます。
生涯約500点もの作品を描き続けたティツィアーノは、1576年にペストで亡くなりました。

宮殿裏手のボーボリ庭園

おわりに

パラティーナ美術館には、今回紹介した絵画以外にも見てほしい作品が数多くあります。また、絵画作品だけではなく、館内の一室一室が豪華絢爛でとても見応えがあります。特に「プロメテウスの間」は注目です。写真撮影もできますので、忘れないようにしましょう。
さらに、パラティーナ美術館以外の5つの美術館・博物館に入れるチケットがありますので、有効活用してください。ピッティ宮殿自体も、世界遺産に登録されているフィレンツェ歴史地区の中にありますので見どころ満載です!
充分に時間をとって、後悔のないように見学プランを計画すると良いでしょう。

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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