ペギー・グッゲンハイム・コレクション:一人の女性による20世紀を代表するアートコレクション

ペギー・グッゲンハイム・コレクションはヴェネツィアにある近代美術館で、1980年に開館しました。建物はペギー・グッゲンハイム本人が居住していた邸宅を使用しており、館内では彼女が収集した20世紀前半の美術コレクションを鑑賞することができます。そんなペギー・グッゲンハイム・コレクションの歴史と所蔵品について詳しく解説していきます。

ペギー・グッゲンハイム・コレクションとは

ペギー・グッゲンハイム・コレクションはイタリア・ヴェネツィアにある近代美術館で、1980年に開館しました。その名の通り、ペギー・グッゲンハイムが生前に収集した美術品を集めた美術館です。ソロモン・R・グッゲンハイム財団の美術館の一つでもあります。

ペギー・グッゲンハイムは、ニューヨークの富豪ベンジャミン・グッゲンハイム(タイタニック号沈没事件にて死去)の娘として生まれました。財力のあった彼女は1938年~1946年にかけて近代美術の重要作品を収集し、それらを展示するために1949年にヴェネツィアで「ペギー・グッゲンハイム・コレクション」を設立します、彼女は生涯にわたり芸術作品を愛し、多くの芸術家を支援し続けました。

建物は1949年にペギー・グッゲンハイムが購入した、18世紀に建設された邸宅です。30年にわたり彼女はこの邸宅に住み続けます。1951年からは毎年イースターから11月までの期間、自宅とコレクションを一般公開していました。

1979年にペギー・グッゲンハイムが亡くなってからは邸宅全体を美術館として公開しています。館内には展示室だけでなく庭園やカフェもあるので、ゆったりと鑑賞するのがおすすめです。

グッゲンハイム

ペギー・グッゲンハイム・コレクションの所蔵品

ペギー・グッゲンハイム・コレクションには、20世紀前半のヨーロッパとアメリカの近代美術品が所蔵されています。なかでもペギー・グッゲンハイムは、キュビズム、シュルレアリスム、抽象芸術に重きをおいてコレクションしていました。重要作品も多く、美術界でも「20世紀を代表するコレクションである」とその価値が認められています。

そんなペギー・グッゲンハイム・コレクションから主要な所蔵物を3点ご紹介します。

《赤い塔》1913年ジョルジョ・デ・キリコ

本作品は1913年に画家・彫刻家であるジョルジョ・デ・キリコが描いた作品です。

(Public Domain /‘Portrait of Giorgio de Chirico’by Carl Van Vechten. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

ジョルジョ・デ・キリコは1888年、ギリシャでイタリア人の両親のもとに生まれました。1900年からアテネの理工科学校で学び、このころから静物画を描くようになります。その後1910年に一家でフィレンツェに移住したのち、キリコはドイツ・ミュンヘンの美術アカデミーに入学しました。

卒業後はミラノやフィレンツェを経てパリに移住し、パブロ・ピカソなどの前衛芸術家と交流をもちます。のちのダダイスム、シュルレアリスムに大きな影響を与えた作品のほとんどはこの時期に描かれていますが、当時はそれほど理解されませんでした。

評価されたのは詩人・美術評論家のギヨーム・アポリネールに注目されたことがきっかけで、キリコに影響を受けたシュルレアリスム芸術家も多く生まれました。しかし、キリコの作品は次第にシュルレアリスムの表現からは離れていきます。後期から晩年にかけては古典的な作風や幻想的な作風など様々なスタイルに挑戦し続けました。

本作品は1913年にパリで描かれたもので、シュルレアリスムの芸術家たちに衝撃を与えました。巨大な赤い塔の存在感、適当な配置の窓、不均等な装飾などが観ている人の不安をかきたてます。キリコは塔をモチーフとした作品を多く残していますが、彼の作家人生ではじめて売れた作品がこの《赤い塔》です。

5:14-『赤い塔』

《光の帝国》1953年~1954年ルネ・マグリット

本作品は1953年~1954年に制作された油彩作品で、シュルレアリスムの画家ルネ・マグリットの代表作品の1つです。

ルネ・マグリットは1898年にベルギーの西部レシーヌで生まれました。数度の引っ越しを経て、少年時代の大部分をシャトレという町で過ごします。その町で1912年に母親が入水自殺する事件が起こり、このことはマグリットの心に大きな衝撃を与えたと言います。

1916年になるとブリュッセルの美術学校で学び、前衛的な芸術家たちと交流しながら自身の表現を模索するようになりました。この頃に未来主義やキュビズムに影響を受け、1923年頃からは次第にシュルレアリスム作品に取り組むようになります。

1927年には初めての個展をブリュッセルで行いますが良い評価が得られず、マグリットはパリに渡って作家活動を行うようになりました。パリではシュールレアリスト・グループに入りますが、メンバーのアンドレ・ブルトンとの仲違いにより、結局3年ほどでブリュッセルに戻ってきます。その後ベルギーを離れることはなかったようです。

マグリットの作風はシュルレアリスムのなかでも、デペイズマンという手法を用いたことで有名です。デペイズマンとは、日常では考えられない意外な組み合わせを描くことで、受け手に違和感を与える表現方法です。

《光の帝国》でも下半分に夜の風景、上半分に昼の風景という矛盾した要素を一枚の絵画の中に描いています。デペイズマンの手法を忠実に表現しているため、学校の教科書にもよく登場する作品です。また、本作品はシリーズものとして複数存在することも有名です。

《雨》1911年マルク・シャガール

本作品は1911年に、近代美術史上最も人気のある作家の一人マルク・シャガールによって描かれました。

(Public Domain /‘Marc Chagall, 4 July 1941’by Carl Van Vechten. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

マルク・シャガールは、1887年に帝政ロシア領ヴィテブスクでユダヤ人一家の長男として誕生しました。1907年にサンクトペテルブルクの美術学校に入学しますが、教育内容に満足できず、数年後にズヴァンツェヴァ美術学校に入りなおします。

卒業後はパリ、ロシア、ベルリンを移り住みながら作家活動を行い、キュビズムやロシア・アヴァンギャルドなどの影響をうけます。

第二次世界大戦が勃発するとユダヤ人迫害を避けるためにアメリカへ亡命しました。戦後はパリへ戻りますが、絵画制作よりも彫刻や壁画、ステンドグラス、タペストリーの制作が中心となりました。

本作品は美術学校卒業後のパリで描かれたもので、キュビズムの影響が感じ取れます。正面からは見えないはずの屋根の面が描かれているところや、遠近法を無視した配置に特徴があらわれています。

0:20-『雨』

おわりに

ペギー・グッゲンハイム・コレクションは、ペギー・グッゲンハイムが生涯愛した芸術作品が集められた美術館です。彼女が暮らした邸宅でコレクションを鑑賞することにより、彼女の生き様を感じることができるでしょう。ヴェネツィアを訪れた際には、ぜひ足を延ばしてみてください。

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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