オルセー美術館:19世紀の印象派画家に会えるパリの美術館

フランス・パリにあるオルセー美術館は、ルーブル美術館と共にフランスにおける多くの美術作品を展示しています。特にオルセー美術館では印象派など、19世紀を中心に活躍した作家たちの絵画や彫刻などを専門的に展示しています。そんなオルセー美術館の歴史と所蔵品について詳しく解説していきます。

オルセー美術館とは

オルセー美術館として知られている建物は1900年に開催されたパリ万国博覧会の際、オルレアン鉄道が駅舎兼ホテルとして建設したものです。当初は南フランスへ向かう長距離列車のターミナルとして使用されていましたが、駅舎が狭いということで近距離専用の駅舎となりました。一時期は取り壊しの話も持ち上がりましたが、1970年代以降はフランス政府によって保全されることとなりました。

保全方法を検討していたフランス政府はイタリアの女性建築家ガエ・アウレンティに改修を依頼し、1986年に19世紀の美術作品を中心に展示する美術館として生まれ変わり現在に至っています。

オルセー美術館の所蔵品

オルセー美術館の所蔵品はおもに19世紀の美術作品です。原則として1848年2月革命から1914年の第1次世界大戦前までの作品とされています。オルセー美術館ではモネやドガをはじめとするルノワールなどの印象派や、写実主義のミレー、さらに「近代絵画の父」として知られるセザンヌやゴッホなど、世界的にも有名な画家の作品が多く展示されています。また古典主義とロマン主義を折衷させようとしたアカデミズム絵画も展示されており、注目を集めています。さらにフランスを代表するアール・ヌーヴォーの作品やエミール・ガレのガラス作品など、有名な絵画作品だけではなく、多くの所蔵品が展示されています。

そんなオルセー美術館のコレクションにはどのような作品があるのでしょうか?主要な作品を紹介します。

≪落穂拾い≫1857年ジャン=フランソワ・ミレー

(Public Domain /‘Gleaners’byJean-François Millet. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

本作品は見たままを忠実の描写する写実主義の作品でバルビゾン派として知られるジャン=フランソワ・ミレーによって1857年に描かれました。

ジャン=フランソワ・ミレーは1814年、フランスのノルマンディー地方にある農村で格式高い農家の長男として生まれました。子どもの頃から絵を描くことが上手であったと言われています。ミレーは一時、長男であるため家業を継ぐことを考え農業に専念していました。
ミレーが18歳の時にようやく父の許可を得ることができ、シュルブールで画家としての修業を始めます。画家になるため多くの苦難を味わいながらも、ミレーはフォンテーヌブローの森の近くにあるバルビゾンという村に移り住み、この地で農村画を描くことになります。
もともと農村の出身であるミレーにとって、農村の暮らしの中で絵を描くことは自然な流れだったのかもしれません。

ミレーが描いた「落穂拾い」はそんなバルビゾンの生活の一コマともいえます。落穂拾いは貧しい農民たちに地主から許された慣行で、畑に落ちた穂を拾い集めるというものです。また本作品は、「旧約聖書」の「ルツ記」の「落穂はすべて拾わず貧しい人たちに残しておくこと」という一説に起因した作品でもあるとされています。

ミレーにとってこの作品を描いた時期は自身の極貧の時期と重なり、その評価は賛否両論でした。しかし、見事に浮かび上がる3人の人物、背景の描き方にはミレーの卓越した技術を感じさせます。

≪日傘の女≫(左向き・右向き)1886年クロード=モネ

(Public Domain /‘Woman with a Parasol, facing left’byClaude Monet. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)
(Public Domain /‘Woman with a Parasol, facing right’byClaude Monet. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

本作品は一瞬の印象を描こうとした印象派を代表するクロード=モネによって1876年に描かれました。表題は「戸外の人物習作(左向き)」と「戸外の人物習作(右向き)」です。

1840年にパリで生まれたクロード=モネは5歳の時、両親とセーヌ川河口の大西洋に面したノルマンディー地方に移り住みました。子どもの頃からその画才が評判になり、似顔絵を売ることもあったといいます。1859年にパリで絵の勉強を始め、ルノワールらと出会います。1865年にはサロンに入選しますが、その後は落選し続けます。そこで1874年にはルノワールらと新しく印象派を立ち上げることとなりました。

印象派を代表する一人であるモネが描いた本作品は、自然の光の中で白いドレスの色を青紫色に描くことで戸外制作の臨場感を感じることができます。また、モネは人物も風景の一部ととらえており、この2作品ともモデルの表情が不鮮明に描かれています。

≪りんごとオレンジ≫1895年-1900年ごろポール・セザンヌ

(Public Domain /‘Pommes et oranges’byPaul Cézanne. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

本作品は、印象派から更に新しい絵のあり方を探求したポスト印象派であり「近代絵画の父」として知られているポール・セザンヌが1895年から1900年ごろに描きました。

ポール・セザンヌは1839年に銀行などを所有する裕福な父の子どもとして、プロヴァンス地方に生を受けました。当初は父が希望する通り大学へ進み、法律を勉強していました。しかし、絵を描くことを諦めきれなかったセザンヌは父を説得し、絵を学ぶためにパリへ向かいます。パリでは、当時印象派と呼ばれていたルノワールやモネたちと出会います。セザンヌもはじめは印象派として活動していましたが、更に新しい絵画のあり方を求め故郷のプロヴァンス地方へと戻りました。父と似て頑固な性格だったセザンヌは晩年、プロヴァンス地方にこもりセザンヌ独特の技法で制作活動を続けました。しかし、セザンヌは戸外での作品製作中に大雨に打たれ、体調を悪化させたことが原因で67歳の時その生涯を閉じました。ですが、セザンヌの独自の技法で描かれた絵はゴッホやゴーギャンにも大きな影響を与えたといわれており、「近代絵画の父」と称される由縁でもあります。

本作品は静止画が多いセザンヌの作品の中でも多くの対象物が描かれており、一点からの描写ではなく、最もよく見えると考えられる複数の視点から描かれています。この複数視点と画期的な色使いは、後世の多くの画家に影響を与えることになりました。

おわりに

フランス・パリにあるオルセー美術館は、19世紀に活躍した作家たちが手掛けた世界的にとても価値のある美術作品を展示しています。それは絵画だけではなく彫刻など多岐にわたっています。近代美術の重要な作品が集結している美術館ともいえます。パリを訪れる機会があればぜひオルセー美術館に訪れてみてはいかがでしょうか。

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※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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