ナンシー美術館:ナポレオンが作ったフランス有数の美術館

ナンシー美術館はフランスの南東部に位置する都市ナンシーにある美術館です。1793年にナポレオンによる文化振興政策の一環として開館されました。おもにルネッサンス期から現代までの美術品を所蔵しています。そんなナンシー美術館の歴史とおもな所蔵品について詳しく解説します。

ナンシー美術館とは

ナンシー美術館は1793年にルーブル美術館と同規模の美術館を地方にも作るというナポレオンの文化振興策のひとつとして開館しました。ロココ様式を取り入れたスタニスラス宮殿のパビリオンの一角に創設された美術館です。建物の優美な外観に加え、地下に残る15世紀から17世紀の都市城壁の遺構も歴史的価値の高いものです。

ナンシー美術館は地方都市の美術館として充実したコレクション数となっているため、当初の施設では手狭になり、1996年から1999年にかけて拡張工事が行われています。1999年に再オープンし、現在に至っています。

ナンシー美術館の所蔵品

ナンシー美術館にはルネサンス期から現代までの絵画に加え彫刻やガラス細工・グラフィックアートなどの数多くの作品を幅広く所蔵しています。

絵画はルーベンスなどのフランドル絵画からイタリア絵画やフランス絵画など多岐にわたり所蔵されています。また19世紀から20世紀にかけて活躍したモーリス・ユトリロやクロード・モネなどの近代絵画も所蔵しています。さらにナンシー美術館の地下には19世紀後半から20世紀前半にかけて活躍したナンシーにゆかりのあるガラス工芸家ドーム兄弟の作品が150点以上展示されています。

そんなナンシー美術館のコレクションにはどのような作品があるのでしょうか。主要な作品を紹介します。

≪ナンシーの戦い≫1831年ウジェーヌ・ドラクロワ

(Public Domain /‘Battle of Nancy’byEugène Delacroix. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

本作品は1831年、フランスにおけるロマン主義の代表的な画家であるウジェーヌ・ドラクロワによって描かれています。

ウジェーヌ・ドラクロワは1798年、パリで外交官の父シャルル・ドラクロワの息子として生まれました。しかし、実父は著名な外交官であり政治家でもあったタレーラン=ペリゴールだといわれています。両親を早くに亡くしたドラクロワは17歳の時、画家であった叔父の勧めでピエール・ナルシス・ゲランに弟子入りすることになり、画家としての第一歩を踏み出すことになります。18歳の時には官立の美術学校へ入学しました。

1822年には「ダンテの小舟」という作品でサロンに入選し、多くの作品を残しています。その中でも特に有名な作品が「民衆を導く自由の女神」です。作品中に描かれているシルクハットの男性がドラクロワ本人といわれています。また、ドラクロワは絵画だけではなく政府関係の大きな建築物の装飾品の製作にも関わりました。1863年にその生涯を終えるまで精力的に多くの作品を残しています。

本作品は、ドラクロワが初めて公的機関から依頼され、制作を行なった作品だといわれています。ドラクロワはこの絵の製作のために歴史などを勉強し、数多くのスケッチなどを行ったといわれています。

作品の題材は1474年に開戦したブルゴーニュ戦争での一幕で、1477年のナンシー郊外でブルゴーニュ公シャルルの死を描いています。構成やディテールがよく考えられた作品となっています。

≪洗礼者ヨハネと二天使のいる聖母子≫1505年ペルジーノ

(Public Domain /‘Vierge à l’Enfant avec saint Jean-Baptiste et deux anges’byPerugino. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

本作品はルネッサンス期の代表的なイタリアのウンブリア派の画家ペルジーノによって1505年に描かれています。

ペルジーノは本名をピエトロ・ヴァンヌッチといい、1448年頃ペルージャ近郊で生まれたといわれています。ペルジーノという名前は、ペルージャの人という意味があります。幼少の頃の詳細は不明ですが、ペルージャで絵画を学び、若いころからとても人気のある画家でした。

ペルジーノが最も優れた作品を輩出したのは1490年から1500年頃で、数多くの代表作はこの時期に描かれています。また、ローマでシスティーナ礼拝堂の壁画装飾をボッティチェリらと手掛けるなど、非常に多才な人物であったといえるでしょう。

ペルジーノはレオナルド・ダ・ヴィンチらと同じ時代の画家であり、その弟子のひとりには若きラファエロもいました。イタリア中から注文を受けるほどの人気の作家で、その作品の半数は宗教画でした。

本作品はそんなペルジーノが1505年に描いた作品です。ウンブリア派の持つ甘美な表現に加え、抒情的な要素を残した独自の様式で洗礼者ヨハネと聖母子を描いています。

≪ドーム兄弟ガラス工芸≫19世紀後半から20世紀前半ドーム兄弟

(Public Domain /‘Antonin Marguerite Daum’byJean Daum. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

本作品は絵画ではありませんが、ナンシー美術館に訪れる際にはぜひ見ていただきたい作品です。ドーム兄弟はガレとともに、アール・ヌーヴォーの代表的なガラス工芸作家です。ナンシー美術館は、ドーム兄弟の作品を含め多くのガラス工芸作品が展示されています。

兄オーギュスト(1853年–1909年)と弟アントナン(1864年-1930年)の二人はフランスのローレンス地方で生まれました。兄弟は父親の経営するガラス工場を手伝いながら様々な作品を作っていきます。1889年のパリ万国博覧会には、キッチンウエアなどを出品しています。その後アンテルカレール、ヴィトリフィカシオンなど独自の技法を使いながら花瓶などの作品を次々に製作していきます。工場は1914年の第一次世界大戦の時の混乱により一時的に生産を停止しましたが1919年に再開し、1920年からアール・デコという新しいスタイルでクリスタル作品などを手掛けました。

ナンシー美術館ではドーム兄弟の作品をあまり装飾が施されていない初期の作品から展示しています。年代が増すごとに装飾が施されるようになっていくという、作品の変遷を楽しむことができます。

また、ドーム兄弟は自然のものを題材にした作品を多く制作しており、花瓶やランプも制作しています。ランプの金具部分などはアール・ヌーヴォーの金具工芸家として知られているマジョレルによるものです。

まとめ

ナンシー美術館はルネッサンス期である14世紀から20世紀までの幅広い年代の美術品をコレクションしています。また絵画だけを展示しているのではなく、ドーム兄弟が製作したガラス工芸品なども数多く所蔵されています。フランスのナンシーを訪れた際には、ぜひ足を延ばしてみてはいかがでしょうか。

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

関連記事一覧