アムステルダム国立美術館:17世紀オランダ絵画の殿堂

アムステルダム国立美術館はオランダの首都アムステルダムにある美術館で、1800年に開館しました。レンブラントやヨハネス・フェルメールをはじめとした17世紀オランダ絵画のコレクションが充実していることで知られており、世界中からアートファンが訪れる地となっています。そんなアムステルダム国立美術館の歴史とコレクションについて詳しく解説していきます。

■アムステルダム国立美術館とは

アムステルダム国立美術館は、オランダの首都アムステルダムにある美術館です。アムステルダムはオランダ北ホラント州の基礎自治体であり、オランダ最大の都市、そして商業や観光が盛んな都市として知られています。国会や中央官庁、王宮といった首都機能のほとんどはデン・ハーグにありますが、16世紀に海運貿易の港町として大きく発展し、現在でも国際的に重要な役割を果たしています。

そんなアムステルダムにあるアムステルダム国立美術館は、もともとオランダ提督シャルル=フランソワ・ルブランが1800年にハーグで開いた展覧会がもととなって開設されました。ルブランはフランス革命・第一帝政期の政治家であり、元老院議員となったあと帝国顕官大財務官、リグーリア総督をつとめたのち、オランダ提督になりました。

展覧会で展示された作品が収蔵されることになった美術館はナショナル・アート・ギャラリーと呼ばれるようになり、1808年にはナポレオン1世の命令でアムステルダムに移転することになります。2004年には大規模な改修が行われ10年に渡って閉鎖されていましたが、2013年には再び開館し、現在にいたっています。

■アムステルダム国立美術館のコレクション

アムステルダム国立美術館ではヨーロッパ美術の傑作はもちろん、800年に渡るオランダ芸術史に残る作品を鑑賞することができます。展示室は80室あり、常時8000点もの展示物が展示されていますが、その中には17世紀オランダを代表するレンブラント・ファン・レインやヨハネス・フェルメールの作品が含まれています。

そんなアムステルダム国立美術館のコレクションには、どのような作品が含まれているのでしょうか。主要な作品をご紹介します。

・《夜警》1642年レンブラント・ファン・レイン

(Public Domain /‘The Night WatchbyRembrandt Harmenszoon van Rijn. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

本作品は1642年に制作された作品で、オランダ黄金時代の巨匠レンブラント・ファン・レインによって制作された作品です。

レンブラントは1606年、ネーデルランド共和国のライデンに生まれました。1613年にはラテン語学校に入学したますが、大変優秀だったため飛び級でライデン大学に入学。両親は法律家になることを期待していたものの、レンブラント自身は画家になることを望んでおり、イタリア留学経験を持つヤーコプ・ファン・スヴァーネンブルフのもとに弟子入りし、画家としての修業を積んでいくことになります。

修業を終えるとレンブラントは実家にアトリエを構え、《聖ステバノの殉教》を制作しました。その劇的な表現が話題になり、1628年には弟子を取るようになります。1631年になるとアムステルダムにアトリエを移し、肖像画を中心とした依頼を受けるようになります。そうして数多くの作品を制作したレンブラントでしたが、完璧主義者であったあまりに顧客を待たせることも多く、高価な絵画や版画などを高値で買い求める姿も、プロテスタントが主流であったオランダでは嫌われる一因となりました。徐々にレンブラントへの依頼は減っていき、1669年には63歳で死去。その晩年は大変貧しいものだったといわれています。

本作品はそんなレンブラントによって描かれた作品で、当時のオランダで流行した集団肖像画のひとつにあたります。集団肖像画は100年以上の伝統があったものの、それぞれのモデルに差をつけずに描かなくてはならず、まるで記念写真のような没個性的なものになりがちでした。《テュルプ博士の解剖学講義》で博士にスポットライトをあたるようにし、ドラマチックに仕上げたことで大変な話題となったレンブラントには依頼が殺到し、本作品ではフランス・バニング・コックを隊長とする市の警備団が描かれています。

タイトルには「夜」という単語が入っているものの、暗い背景は汚れと酸化したニスによるものであり、実際は人物に強い光が当てられた昼間の様子を描いた作品であるとされています。レンブラントは、静的で形式的なシーンを避け、動的なイメージを取り入れました。慌てて任務に乗り出す兵士たちの配置は、従来にはない完全な彼のオリジナルです。一方、背景に位置しているために区別がつきにくい一部の依頼人には、同じ料金を払っていたにもかかわらず、不快感を与えました。この不平等な描き方によって、以降レンブラントは受注数を減らされたとも言われています。

・《聖ニコラウスの休日》1663年-1665年ごろヤン・ステーン

本作品は1663年から1665年にかけて制作された作品で、17世紀バロック時代を代表する画家ヤン・ステーンが描いた作品です。

(Public Domain /‘The feast of St. Nicholas’byJan Steen. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

ステーンは1626年にネーデルランドのライデンで生まれた画家です。ラテン語学校に通った後、ドイツ人画家のニコラス・クヌファーのもとで絵画を学び、画家として独立します。1648年にはステーンは画家たちのギルドとなる聖ルカ組合をライデンに創設。1656年から1660年まではワルモントに、1660年から1670年まではハールレムに住みながら多くの作品を制作しています。

精力的に制作活動を行っていたステーンでしたが、仏蘭戦争によりネーデルランドの内政が混乱すると美術市場も冷え込んでしまい、依頼の数も減ってしまいます。その後1674年には聖ルカ組合の代表に就任したものの、1679年にライデンで亡くなりました。

本作品で描かれているのは、子供の守護聖人であり、サンタクロースのモデルともされている聖ニコラウスです。焦点となっているのは、暖かそうな色のスモックに身を包み、金色の髪の毛を見せている末っ子の女の子です。彼女は一年中お行儀よくしていたため、聖ニコラウスは彼女にたっぷりのプレゼントを与えたようで、満足そうな表情をしています。少女の右隣に立つ兄はすすり泣き、もう一人の兄は笑いながらそれを見ています。どうやら兄はいたずらっ子で、一つもプレゼントを貰えなかったようです。

左側の奥では、少年が聖ニコラウスの形をしたジンジャーブレッドマンを持っている幼い子供を抱きかかえ、聖ニコラウスが贈り物を運んできた煙突を指差しています。もう一人の少年は、自分が受け取った贈り物に感謝して、嬉しそうに感謝の歌を歌っています。

■おわりに

アムステルダム国立美術館はオランダの首都アムステルダムにある美術館であり、800年に渡るオランダ芸術史に残る作品を所蔵しています。その中には17世紀オランダ黄金時代の作品も含まれており、レンブラントの《夜警》やヨハネス・フェルメールの4作品などは必見といえるでしょう。

アムステルダムはヨーロッパ各地からもアクセスが良く、アムステルダム中央駅を中心に市内に広がる運河やその運河に沿ってならぶ邸宅、飾り窓などは観光客に非常に人気があります。アムステルダム国立美術館もそういった観光スポットの一つであり、大変人気があります。オランダを訪れた際には、ぜひ足を延ばしてみてはいかがでしょうか。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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