マンハイム市立美術館:セザンヌやカンディンスキーのコレクションで知られる美術館

マンハイム市立美術館はドイツのマンハイム市にある美術館で、1907年に開館しました。ポール・セザンヌやワシリー・カンディンスキーをはじめとした、西洋美術史の巨匠たちの作品を所蔵していることで有名であり、ドイツを代表する美術館の一つに数えられています。そんなマンハイム市立美術館の歴史とコレクションについて詳しく解説していきます。

■マンハイム市立美術館とは

マンハイム市立美術館はドイツのマンハイム市にある美術館で、1907年に開館しました。マンハイムはドイツのバーデン=ヴュルテンベルグ州でも最北端に位置する都市で、かつてプファルツ選帝侯の宮廷が置かれていたことでも知られています。歴史的には766年のロルシュ文書で記述されているのが最初で、1284年にヴィッテルスバッハ家出身のライン宮中伯の所有となり、その後はカール1世ルートヴィッヒや選帝侯カール3世らの統治によって発展していきました。

しかし、第二次世界大戦の際には空爆によって完全に破壊され、1945年にはアメリカ軍に占領されるという憂き目を見ることになってしまいます。戦徐々に再建が進み、現在ではヨーロッパでも有数の大都市圏ライン=ネッカー広域連合の中心都市となっています。

そんなマンハイムにあるマンハイム市立美術館は、1907年に開催された国際美術展のために建設されたものでした。もともとは一時的に建設されたものでしたが、マンハイム市の創設300周年を記念していることや、ヘルマン・ビリングによって設計されたこともあって、建物の保存を望む声は多く、1907年に市立美術館に改めることとなります。

■マンハイム市立美術館のコレクション

マンハイム市立美術館のコレクションは、ポール・セザンヌやワシリー・カンディンスキーなど西洋近代美術の巨匠たちの作品約1500点から構成されています。特に、戦後ドイツを代表する画家であるアンゼルム・キーファーの主要なコレクションが展示されていることでも有名です。

そんなマンハイム市立美術館のコレクションには、どのような作品が含まれているのでしょうか。主要な作品をご紹介します。

・《皇帝マキシミリアンの処刑》1869年エドゥアール・マネ

(Public Domain /‘L’Exécution de Maximilien’byÉdouard Manet. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

本作品は1869年に制作された作品で、近代絵画の父と呼ばれるエドゥアール・マネによって描かれた作品です。

マネは1832年にパリのプティ=ゾーギュスタン通りの大邸宅で、フランスの裁判官であった父オーギュスタ・マネと外交官フルニエ家の娘であった母ユージニ・デジレ・フルニエのもとに生まれました。父親はマネが法律家になることを望んでいたものの、マネ自身は画家になることを望んでいました。父親はマネの熱意に折れ、彼が画家になることを認めました。1850年から1856年まではアカデミズムの画家であったトマ・クチュールの下で学び、1853年から1856年まではドイツ、イタリア、オランダなどを旅し、巨匠たちの作品から学んでいます。

1863年になると、マネの初期の傑作となる《草上の昼食》をサロンに出品。

(Public Domain /‘Le Déjeuner sur l’herbe’byÉdouard Manet. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

しかし、サロンでの展示は拒否されてしまい、落選展で展示されることになります。当時は大変な批判を受けましたが、現実の女性をそのまま描くという表現は近代美術のはじまりといわれています。その後も精力的に作品を制作し、《笛を吹く少年》や《バルコニー》、《アトリエでの昼食》などの作品が制作されたものの、1880年になると16歳の時にブラジルで感染した梅毒の症状が悪化し、左足の壊疽が進むようになってしまいました。1883年には壊疽が進行した左足を切断する手術を受けたものの、高熱に浮かされた末に51歳でその生涯を閉じることになります。

本作品はそんなマネによって描かれた作品で、メキシコ皇帝マキシミリアンの処刑を描いたものです。オーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の弟マキシミリアンは、フランスがメキシコ本土を占領したことで即位することになった人物です。しかし、先住民出身のメキシコ大統領ペニート・ファレスが覇権を握ったことにより、1867年5月15日にマキシミリアンは逮捕され、翌月19日には側近の将軍と共に銃殺刑に処せられることとなってしまいます。

本作品はもともとフランシスコ・デ・ゴヤの《1808年5月3日、プリンシペ・ピオの丘での銃殺》から着想を得たものと考えられており、構成や人物のポーズに共通点が見られます。しかし、ゴヤの作品が劇的で激しい感情に満たされているのに対し、本作品はどこか静寂さえ感じるものとなっています。

・《夕方の雲》1824年カスパー・デイヴィッド・フリードリヒ

(Public Domain /‘Evening’byCaspar David Friedrich. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

本作品は1824年に制作された作品で、ドイツロマン主義を代表する画家カスパー・デイヴィッド・フリードリヒによって描かれました。

フリードリヒは1774年にスウェーデンのグライフスヴァルトで、10人兄弟の大家族のもとに生まれた画家です。幼いころから芸術に高い関心を示していたフリードリヒは、1794年になるとコペンハーゲンの美術アカデミーに入学。その後ドレスデンの美術アカデミーに入学し、画家としての修業を積んでいきます。

1805年になるとヴァイマール美術展で初めて賞を受賞。1807年からは油彩での制作を本格的に開始し、《山上の十字架》をはじめとした大作を描くようになり、特に《海辺の修道士》や《樫の森の中の修道院》はプロイセン王室買い上げとなります。フリードリヒの画家としての評価は確固としたものになっていきました。

(Public Domain /‘The Cross in the Mountains’byCaspar David Friedrich. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

しかし、1820年を過ぎるとロマン主義はもはや古い表現と評価されるようになり、またフリードリヒ自身がうつ病の病歴からかエキセントリックな人物と思われていたこともあって、徐々に画壇から忘れられる存在となっていきます。1835年には脳卒中で倒れ、一命はとりとめたものの、油彩画は描けなくなってしまいました。1840年にはドレスデンにおいて、65歳で死去。そのころにはフリードリヒの名前を憶えている者はほとんどいなかったといわれています。

そんなフリードリヒによって描かれた本作品は、徐々にロマン主義が衰退していた時期に描かれた作品です。夕方のオレンジ色に染められた空がキャンバスの大部分を占めており、地面はキャンバスの下、ほんの一部分に描かれています。上空には雲が揺らめく様子が描かれているものの、かつての厳格ささえ感じるような表現を見て取ることはできません。

■おわりに

マンハイム市立美術館は1907年に設立された美術館であり、ワシリー・カンディンスキーやポール・セザンヌなど、近代絵画史を彩る巨匠たちの作品を所蔵しています。本館のほかにも、ハンブルグを本拠地とする建築家によって設計され、2018年にオープンした新館では画期的な展覧会が年間を通して開催されています。

マンハイムはドイツ南東に位置しているものの、経済や文化の中心都市に位置付けられていることもあり、各種公共交通機関も非常に利用しやすくなっています。ドイツを訪れた際には、ぜひ足を延ばしてみてはいかがでしょうか。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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