ソフィア王妃芸術センター:《ゲルニカ》が常設展示されている美術館

ソフィア王妃芸術センターは1990年に開館した、スペインのマドリードにある美術館です。この美術館では20世紀近現代美術の作品を所蔵しており、特にピカソの代表作《ゲルニカ》を所蔵していることで有名です。ここではそんなソフィア王妃芸術センターの歴史とコレクションについて詳しく解説していきます。

■ソフィア王妃芸術センターとは

マドリードにあるソフィア王妃芸術センターは、もともと18世紀にカルロス3世がイタリアの建築家フランチェスコ・サバティーニに命じて設計させた病院を改築したものです。サバティーニが設計したサバティーニ館の南側には2005年にフランスの建築家ジャン・ヌーヴェルの設計による新館が増築されており、20世紀近現代美術を彩る傑作が展示されています。

マドリードはスペインの首都であり、カスティリャ王国とアラゴン王国が連合したのち、1561年にはフェリペ2世によって宮廷がマドリードに移されることとなり、事実上の首都となりました。水が豊富で気候が穏やかであるなど、国土のほぼ中央にあるなど首都としての条件がそろっており、ヨーロッパ屈指の世界都市として知られています。

■ソフィア王妃芸術センターのコレクション

ソフィア王妃芸術センターのコレクションは20世紀近現代美術の作品が所蔵されており、パブロ・ピカソやサルバドール・ダリ、ジョアン・ミロといった画家たちの作品を多く所蔵しています。特にピカソの代表作《ゲルニカ》を一目見ようと、世界各地からアートファンが訪れる地となっています。

そんなソフィア王妃芸術センターのコレクションの主要な作品をご紹介します。

(写真はスペインのゲルニカにあるタイルに描かれた実物大レプリカ)

本作品は1937年に制作された作品で、20世紀美術の巨匠パブロ・ピカソによって描かれた作品です。

ピカソは1881年スペインのアンダルシア州マラガに生まれた画家で、父ルイスは美術学校の教師や小さな美術館の館長を務めていました。その父親の影響でピカソも芸術に関心を抱くようになり、7歳になると描写や油彩の正式な技法を学び始めました。

後にピカソはサンフェルナンド王立アカデミーに入学しましたが、すでに高い画力を身に付けていた彼は、学校の授業よりもプラド美術館に飾られているディエゴ・ベラスケス、フランシスコ・ゴヤ、フランシスコ・デ・スルバランの絵をみて感性を磨いていたそうです。

その後ピカソはパリに居を移し、青の時代やバラの時代、アフリカ彫刻の時代など数々の様式変遷を経て、キュビスムの表現を確立。1973年には91歳の生涯を閉じることとなりますが、生涯におよそ1万3500点の油絵と素描、10万点の版画、3万4000点の挿絵、300点の彫刻と陶器を制作し、ギネスブックには「もっとも多作な美術家」として登録されています。

そんなピカソによって制作された本作品はスペイン内戦中の1937年に描いたもので、ドイツ空軍のコンドル軍団によってビスカヤ県のゲルニカが受けた都市無差別爆撃を主題としたものです。この空爆は史上初めての都市無差別空爆といわれており、ピカソにとっても大きな衝撃であったと捉えられます。

《ゲルニカ》は完成した1937年にパリ万国博覧会のスペイン館で公開され、その後はアメリカのニューヨーク近代美術館が保有していました。スペイン内戦ののち、政府は《ゲルニカ》の返還を求めるものの、ピカソは「スペインに自由が戻るまでこの絵を戻すことはない」と拒否しています。その後スペインの民主化が実現すると、プラド美術館別館からソフィア王妃芸術センターに移され、現在は常設展示されています。

死んだ子を抱き泣き叫ぶ母親や狂ったようにいななく馬など、戦争の悲惨さが画面全体にありありと表現されており、またモノクロで描かれていることがその表現を強調しています。これまでピカソが好んで描いた闘牛やミノタウロスを彷彿とさせるイメージも描きこまれており、いまだに研究が続けられている作品の一つでもあります。

・《カタツムリ・女・花・星》1934年ジョアン・ミロ

本作品は1934年に制作された作品で、シュルレアリスムの画家として活躍したジョアン・ミロによって描かれた作品です。

ミロは1893年スペイン・カタルーニャ州のバルセロナに生まれた画家です。1911年にうつ病と腸チフスを患い、療養のためカタルーニャのモンロッチという村に滞在することになりますが、ミロはこのころから芸術家になることを志すようになります。

1919年にはパリに出てピカソをはじめとした同時代の芸術家たちと知り合い、またシュルレアリスム運動の提唱者であるアンドレ・ブルトンと知り合ったことをきっかけとして、ミロはシュルレアリスムの作品を制作するようになっていきました。1930年代からはバルセロナやパリ、マリョルカ島でアトリエを持ち、陶器や彫刻など絵画以外の作品も制作するようになっていきました。晩年にはコンクリート製の大型彫刻を制作するなど、多種多様なものでした。

本作品はそんなミロによって描かれた作品です。タイトルのヒントとなっている、絵の中に書かれた文字とは対照的なさびれたような色の背景と、デフォルメされた手のように見える白い物体や人の顔は、なにやら変移する前であるかのようです。一見して何をテーマとしているのか伺うことはできません。こうしたスタイルはミロ作品の特長であり、曲がりくねる物体の一つ一つは非常にユーモラスな形をしています。

ミロは作品を制作する際にたくさんのスケッチを描くことから始めており、本作品でも形や色についてスケッチを行っていたことが分かっています。ミロはシュルレアリスムの主要な概念であるオートマティスムを重視していたものの、スケッチや戸外制作を行っていたという点に関しては独自の制作スタイルを持っていた画家といえるでしょう。

■おわりに

ソフィア王妃芸術センターはファン・カルロス1世の王妃ソフィアにちなんで名づけられました。美術館にはその王妃ソフィアが描かれた作品やサルバトール・ダリ、ジョアン・ミロの傑作もその中には含まれていますが、特にパブロ・ピカソの《ゲルニカ》は見逃せない作品の一つといえるでしょう。

ソフィア王妃芸術センターはスペインの首都マドリードにあり、またプラド美術館から徒歩圏内にあることからアート好きの方にとっては訪れやすい地と言えます。プラド美術館でスペイン王家のコレクションを鑑賞したのちには、ソフィア王妃芸術センターで近現代美術の傑作を味わってみてはいかがでしょうか。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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