ティッセン=ボルネミッサ美術館:世界第2位の個人コレクションを展示する美術館

ティッセン=ボルネミッサ美術館は1992年に設立されたスペインのマドリードにある美術館です。ハインリヒ・ティッセン=ボルネミッサ男爵が買い集めたコレクションを基盤としており、個人コレクションとしてはエリザベス女王のコレクションに次いで第2位の規模を誇ります。ここではそんなティッセン=ボルネミッサ美術館の歴史とコレクションについて詳しく解説していきます。

■ティッセン=ボルネミッサ美術館とは

マドリードにあるティッセン=ボルネミッサ美術館は、1920年代にドイツ鉄鋼財閥ティッセン家とハンガリー貴族ボルネミッサ男爵家の流れをくむハインリヒ・ティッセン=ボルネミッサが買い集めた美術コレクションが寄贈されたことをきっかけとして設立されました。

ハインリヒ・ティッセン(後のボルミネッサ男爵)は父の影響で芸術のコレクションを始め、晩年の1947年には525点を所持していました。そのコレクションを収集した展示会が1930年にミュンヘンのノイエ・ピナコテークで公開されたのが始まりです。

ボルネミッサ男爵の死後、そのコレクションは4人の子供たちへと相続されることになりました。次位であったハンス・ティッセンは兄弟の中で唯一父の足跡を残そうと、コレクションの安全な保全先を求めスペイン政府に依頼することにしたのです。当初ティッセン=ボルネミッサ美術館はボルネミッサ家のコレクションを保管する形で1992年に開館しましたが、その1年後にはスペイン政府がすべて買い取ったため、現在コレクションは全て国の保有となっています。

時の始まりはハインリヒ・ティッセンの父で企業家であったオウガスト・ティッセンが集めていた彫刻です。

■ティッセン=ボルネミッサ美術館のコレクション

ティッセン=ボルネミッサ美術館のコレクションは父親のハインリヒ・ティッセンが収集したものと、息子のハンス・ティッセンによって収集されたものが合わさり、7世紀以上にわたるヨーロッパ芸術の傑作を鑑賞することができます。

14世紀から15世紀にかけてはヤン・ファン・エイク、アルブレヒト・デューラー、ハンス・ホルバイン、ルネッサンス期やバロック期ではティツィアーノ、セバスティアーノ・デル・ピオンボ、カラヴァッジョ、ピーテル・パウル・ルーベンス、また20世紀の作品としてはパブロ・ピカソやピエト・モンドリアン、エドワード・ホッパーの作品なども所蔵されています。

そんなティッセン=ボルネミッサ美術館のコレクションには、どのような作品が含まれているのでしょうか。ここからは主要な作品をご紹介します。

・《バルト海の漁船》1830年-1835年カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ

(Public Domain /‘Fishing boat between two rocks on the beach of the Baltic Sea’by Caspar David Friedrich.Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

本作品は1830年から1835年にかけて制作された作品で、ドイツロマン主義の巨匠カスパー・ダーヴィト・フリードリヒによって描かれた作品です。

フリードリヒは1774年、スウェーデンのグライフスヴァルトに生まれました。1794年になるとコペンハーゲンの美術アカデミーに入学。その後ドレスデンの美術アカデミーに入学し、画家としての修業を積んでいきます。1805年になるとヴァイマール美術展で初めて賞を受賞。これをきっかけとしてフリードリヒは画家としての一歩を踏み出すことになりました。1808年からは油彩での制作を本格的に開始、《山上の十字架》をはじめとした大作を描くようになり、《海辺の修道士》や《樫の森の中の修道院》はプロイセン王室買い上げとなります。

彼の作品には人生で経験してきた大切な人との別れが大きく影響していると言われています。フリードリヒによって描かれた本作品は、何人かの漁師を乗せた、バルト海岸から離れる帆船を描いたもので、おそらくリューゲン島近くのポンメルン地域で描かれたものと考えられています。男性たちは伝統的なドイツの衣装を着ており、全体の謎めいた雰囲気を強調しています。

・《日光》1923年ピエール・ボナール

本作品は1923年に制作された作品で、ナビ派のひとりピエール・ボナールによって描かれた作品です。

ボナールは1867年、オー=ド=セーヌ県フォントネー=オー=ローズに生まれた画家です。当初は弁護士として働いていたものの、芸術への強い憧れを忘れることはできず、エコール・デ・ボザールやアカデミー・ジュリアンなどに通い、画家としての一歩を踏み出すこととなります。この時期ボナールはポール・セリュジエやモーリス・ドニと出会っており、1888年にはセリュジエを中心として画家たちのグループを結成。このグループはのちにナビ派と呼ばれることになります。

ボナールの生涯はほかの画家たちと比べると比較的穏やかなもので、画家としての活動は約60年と安定したものでした。そのためかボナールは日常の風景を好んで描いており、妻マルトを中心に自画像や風景画、静物画など穏やかな主題を好んで描いていきました。晩年になるとシカゴ美術館やニューヨーク近代美術館で大回顧展が開催され、まさに巨匠と評価されるようになっていきました。

本作品はそんなボナールによって描かれた作品で、セーヌ川流域のヴェルノン近郊に所有していたノルマンディーの家に滞在していた時に目に映った風景だと考えられています。ちらりと見える川の上で彼はボートに乗り、時間の流れを楽しんでいたようです。森や草花は色鮮やかに描かれています。

■おわりに

ティッセン=ボルネミッサ美術館はティッセン=ボルネミッサ男爵が買い集めた絵画コレクションがもととなって設立された美術館であり、その規模は個人コレクションとしてはエリザベス女王に次ぐものだと言われています。

美術館はプラド美術館の近くにあることから、マドリードで美術鑑賞されたい方にはぜひ立ち寄っていただきたい美術館です。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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