ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館:中世から近代まで充実したコレクションを誇る美術館

ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館は、1849年に開館したオランダ・ロッテルダムにある美術館です。中世美術から近代美術まで150,000点以上と、充実したコレクションを所蔵していることでも知られており、世界的にも注目されている美術館の一つでもあります。そんなボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館の歴史とコレクションについて詳しく解説していきます。

■ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館とは

美術館のあるロッテルダムは、オランダの南ホラント州にある基礎自治体で、13世紀頃にはすでに集落があったと言われています。ロッテルダム港を有することから湾岸都市として大西洋貿易の要所となり、19世紀末には世界的にも類を見ない商業都市となっていました。しかし、第二次世界大戦のナチス・ドイツによる爆撃で、旧市街と港はほとんど破壊され、ドイツに降伏するという憂き目を見ることになるものの、戦後は海上交通を基軸として復興を果たしました。

ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館は、コレクターのフラン・ヤコブ・オットー・ボイマンスが1849年に自身の収集した絵画コレクションをロッテルダムへ寄贈したことがきっかけとして設立されました。その後、1958年にはダニエル・ジョージ・フォン・ベーニンゲンからも多数のコレクションが寄贈されることとなり、美術館のコレクション形成に大きな役割を果たした二人のコレクターの名前を取り、「ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館」と名付けられることとなりました。

■ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館のコレクション

ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館のコレクションは、中世ヨーロッパ美術から近代美術までと幅広い時代のもので、特に北方ルネサンスからオランダ黄金時代の作品には定評があります。そんなボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館のコレクションには、どのような作品が含まれているのでしょうか。主要な作品をご紹介します。

・《バベルの塔》1563年ピーテル・ブリューゲル

(Public Domain /‘The Tower of Babel’by Pieter Bruegel.Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

本作品は1563年に制作された作品で、農民を題材として数多くの作品を描いたことで知られるピーテル・ブリューゲルによって描かれた作品です。

ピーテル・ブリューゲルは1525年から1530年頃のブラハント公国・ブレーに生まれました。生年や生地は、はっきりと分かっていないものの、1551年アントワープの画家組合であった聖ルカ組合に名前が登録されており、比較的若い頃から実力が認められていたと考えられています。

1553年になるとローマへ戻り、素描や細密画を制作した後に北方へ帰国しました。ヒエロニムス・コックの元で、版画家兼、画家として制作に励むようになります。当時のアントウェルペンは、大航海の一大拠点となっていたということもあり、著名な人文学者や出版業者なども集まっていました。ブリューゲルは、そうした人々との交流をもっては、自らの教養を高めていったと言われています。

その後、《バベルの塔》や《雪中の狩人》といった名作を制作したブリューゲルですが、1569年に30代末から40代前半という若さで死去しました。現在は、ノートルダム・ド・ラ・シャペル教会に埋葬されています。

本作品は、古代ローマ帝政期の円形競技場・コロッセオをモデルに、旧約聖書「創世記」11章1-9節で登場する、伝説の塔を描いた作品です。ブリューゲル研究でも非常に重要視されており、美術史美術館所蔵・ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館所蔵の2点が存在しています。

「バベルの塔」は、ノアの洪水後、レンガを手に入れた人間たちが天まで届く塔を築き、名声を得ようと計画する所から始まります。そんな人間たちの驕り高ぶった計画を知った神は、怒りを露にし、人間同士で会話が出来ないよう言葉を乱しました。結果、人間たちの驕りによって塔の建設は中止となったのです。本作品に描かれている塔は、不安定な形状をしており、完成することが困難だという事を示唆しています。

・《エマオの食事》1936年ハン・ファン・メーヘレン

(Public Domain /‘The men at Emmaus’by Han van Meegeren.Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

本作品は1936年に制作された作品で、一時はヨハネス・フェルメールの真作とされていたものの、後にハン・ファン・メーヘレンによる作品だと判明しました。

メーヘレンは、幼い頃から画家を目指しており、オランダの古典派に属する画家に師事したものの、父の反対によってデルフト工科大学建築学部へ進学します。デルフトのボートハウスの設計を手掛けるなど、建築家として活動していたものの、画家として成功することはなく、徐々に自分を認めようとしないオランダ美術界へ復讐するという動機で贋作ビジネスに手を染めるようになっていました。

メーヘレンは、主に17世紀オランダ絵画の贋作を好んで制作しており、当時フェルメールは歴史が浅かった為、ごく一部の専門家の目を潜り抜けることが出来れば、真作として認められる環境でした。17世紀の無名な画家の作品から絵の具を削り落とし、当時と同じ物を自らキャンパスに制作した作品は、見事に専門家から真作として認められました。《エマオの食事》は、ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館によってオランダ通貨の52万ギルダーで買い取られることとなりました。

メーヘレンの技法は非常に緻密だったので、発覚することはないように思えましたが、1945年にナチス・ドイツの高官にフェルメール作だと思われていた《悔恨の女》を売った罪で、逮捕・起訴されてしまいます。メーへレンは、審判で死刑を宣告される状況の中、自らが制作した絵画であると主張し、実際にフェルメール風の作品を描いてみせ、難を逃れました。メーヘレンは、200点もの贋作を取引していたことから、ナチス・ドイツを騙した英雄と評されるようになります。

本作品は、そんなメーヘレンの作品の中でも最も有名な作品であり、フェルメールの真作と見破れなかったことから、後世への戒めとして一般公開されています。

■おわりに

ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館は、中世ヨーロッパから近代美術までの傑作を所蔵している美術館であり、ブリューゲルの《バベルの塔》やヒエロニムス・ボスの《放蕩息子》などが展示されています。また、歴史的な贋作事件となった《エマオの食事》も展示されていることから、美術史の裏側も学べる美術館と言えるでしょう。

ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館のあるロッテルダムは、各地からのアクセスも良く、観光客も多く訪れる土地です。オランダを訪れた際には、ぜひ足を延ばしてみてはいかがでしょうか。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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