プノンペン:寺院・王宮で歴史と美術を堪能

カンボジアの首都プノンペンの市街地を流れるトンレサップ川沿いには、街の歴史を物語る上で重要な寺院や王宮が立ち並んでいる。プノンペンという都市名の由来となった寺院、15世紀の遷都当時から仏教信仰の中心となっている寺院、国王の御所であり王室関連行事が行われる王宮と併設寺院まで。川沿いの寺院・王宮を歩き、建物内の建築・美術を堪能しながら、プノンペンの歴史を辿る旅を紹介する。

アンコール王朝(802〜1431年)崩壊後、各所を転々とすることになったカンボジアの王都。現在の首都プノンペンに都が移設されたのは、アンコール王朝が滅亡した1431年直後と、フランスの保護国となった後の1866年の2回。

これらの2回の遷都のタイミングで、プノンペンには重要な寺院や王宮が建設され、現在も街のシンボルとして残っています。

寺院は信仰・修行の場であり、王宮は王族の住まいであるとともに宮廷儀式を行う場所ですが、同時に都プノンペンの成り立ちや歴史を理解する上で重要なスポットでもあります。さらに、建造物自体のデザインや装飾には、目を奪われるような美しさがあります。

プノンペンの起源にまつわる寺院・王宮を北から南に辿りながら、その歴史と美の世界に触れてみましょう。

「プノンペン」の名を生んだ丘上の寺院:ワットプノン

はじめに訪れるのは、プノンペンという都市名の由来にもなった寺院ワットプノン(Wat Phnom)。

写真:筆者提供

何度も再建・修復されている寺院ですが、最初に建てられたのは1373年といわれています。建立者は、敬虔な仏教徒であったペン夫人という女性。ある日、洪水に見舞われたメコン川に流れてきた4体の仏像。ペン夫人はこれらの仏像を祀るため丘の上に寺院を建てたというのです。

カンボジア語で“ワット”は寺院、“プノン”は丘を意味する言葉。また、都市名プノンペンは、のちに上記の逸話に因んでつけられたもので、“ペン夫人の丘”という意味を持ちます。

写真:筆者提供

ワットプノン建立から60年近く経った1431年にアンコール王朝が崩壊すると、時の王ポニェ・ヤートはアンコールの地を逃れ、スレイサントーを経て、プノンペンに都を移しました。その際、重要な寺院が立つワットプノンの丘を洪水から守るため、従来よりも高くするように命じるとともに、自身の死後に遺灰を収める場所として指定したと言われています。

両脇をシンハ像に挟まれた正面の階段を上っていくと、本堂が。

写真:筆者提供

カンボジアの正月やお盆といった節目の時期には多くの参拝者が訪れるワットプノンですが、通常の日にも線香を供えて手を合わせる人々の姿が散見されます。

本堂の中央には堂々した黄金の本尊が鎮座し、その周りを取り囲むように寄進された無数の仏像がずらり。

写真:筆者提供

淡い色彩が美しい壁や天井の仏画も見ものです。

本堂を突き当たりまで進み、左の出口から裏手に出ると、寺院の創設者であるペン夫人が祀られており、信心深いペン夫人に敬意を表して拝む人の姿がみられます。

写真:筆者提供

寺院の周囲には円形の庭が広がり、歴代の王や高名な人々を祀る数々の仏塔も。

参拝の後には、庭園をゆっくり散策するのもよいでしょう。

【参考】ワットプノン
入場料:$1

ブッダの眉毛を祀る国内最高位の寺院:ワットウナロム

ワットプノン見学の後は、トンレサップ川沿いに走るシソワットキー通りに出て1.5kmほど南下し、ワットウナロム(Wat Ounalom)へ向かいましょう。

写真:筆者提供

通りからも一際目立つ、黄金の仏塔に囲まれた寺院ワットウナロム。プノンペンに都が移された15世紀初頭に、ポニェ・ヤート王が造らせた5つの僧院のうちの1つになります。
中でもワットウナロムは、カンボジアで信仰される仏教2大宗派(モハニカイ派、タマユット派)のうち主流派のモハニカイ派の総本山であり、大僧正が在職していることから、国内最高位の僧院として有名です。
かつて寺院内には500名以上の僧侶が住み、3万冊以上の書籍を収める仏教図書館もありましたが、1970年代後半のクメール・ルージュ政権下での内戦によって破壊されてしまいました。

写真:筆者提供

現存する建物の多くは19世紀後半から20世紀初頭にかけて再建され、内戦後に修復されたものとなっています。

東側の正面入り口を入ると現れるのは、前方に煌びやかな仏像が祀られた本堂。周辺には、袈裟をまとった僧侶達の姿を見かけることができます。

写真:筆者提供

お、ウナロムとは眉という意味。ブッダの眉が収められた仏塔があることから名付けられたものです。

本堂の裏手には、ヒンドゥー教神話に影響を受けた艶やかな彫刻やレリーフ、著名人の仏塔(墓)が並ぶ一画も。

写真:筆者提供

建物の美しさはもちろん、カンボジアの宗教の系譜について理解を深めるのにぴったりな場所といえるでしょう。

【参考】ワットウナロム
入場料:なし

川沿いにそびえ立つ気高き黄金の御殿:王宮

続いては、ワットウナロムからトンレサップ川沿いをさらに600mほど南下し、プノンペン市街地で一際絢爛な光を放つ王宮(Royal Palace)にまいりましょう。

写真:筆者提供

王の住まいであると同時に、様々な宮廷行事が行われる王宮ですが、敷地内の一部は一般公開されており、カンボジアのロイヤルファミリーの暮らしを垣間見ることができます。

写真:筆者提供

この場所に最初に王宮が建設されたのは、1866年のプノンペンへの2回目の遷都後のこと。フランス人建築家によって現存のスタイルに再建されたのは、シソワット王(在位1904〜1927年)治世の1919年のことでした。

隣接するシルパーパゴダと共通の南東側の入り口から敷地中央部まで歩いていくと、すぐに目に入ってくるのが堂々たる佇まいの即位殿。

写真:筆者提供

戴冠式や王室行事の際に使われているという王宮の中心をなす建物で、立派な外観は門外の通りからも見ることができます。

即位殿の中は立ち入りも写真撮影も禁止ですが、扉は開け放たれており、外から内部の様子を覗くことは可能になっています。

東西に長く伸びる殿内の一番奥には、王が座る椅子が。教会の聖堂のような作りやタイルや壁紙のチョイスに至るまで、全体的に西洋趣味を感じさせる広々とした空間には、壮麗な雰囲気が満ち溢れています。四面仏をあしらわれた尖塔が伸びるカンボジアらしい外観とのコントラストが一層趣を感じさせます。

写真:筆者提供

即位殿の南側には国王の執務室や、1876年にナポレオン三世の妃・ユージーヌ王妃からノロドム王に贈られフランスから移築されたという「ナポレオン三世の館」(長らく改修中のため見学不可)、宝庫、宴会ホールといった建物が並んでいます。

写真:筆者提供

東西のデザインを折衷し、黄色を基調とした建物群がまぶしい敷地内をゆっくり歩き、高貴な雰囲気を味わいましょう。

【参考】王宮
入場料:$10
※後述するシルバーパゴダと共通

銀床に支えられた国宝殿:シルバーパゴダ

王宮見学の後は、王宮の南側に隣接しているシルバーパゴダ(Silver Pagoda)へとまいりましょう。

ノロドム王(在位1860〜1904年)の治世に創建されたシルパーパゴダは、王室が仏教行事を催す際に使われてきた寺院です。当初、木材とレンガで造られた建物は、1962年に現在のような大理石の支柱を配備したものに再建されました。

写真:筆者提供

「銀の寺院」という名称の由来は、黄色と白を基調とした建物の外観ではなく、寺院内部の床に隠されています。重厚感溢れる床は、1枚1kgの銀製のタイルが5000枚以上も敷き詰められてできたものだというのです。

一方、カンボジア語では「エメラルド仏の寺院」という異名を持つこの寺院。タイルが銀なら、寺院内部に祀られている仏像がエメラルドグリーンであるために、このような名称がついたといいます。

写真:筆者提供

金やダイヤモンドを散りばめられた宝冠仏とエメラルド仏が中央に祀られた寺院内は、さながら博物館のよう。王室にまつわる1600点以上もの至宝がずらりと展示されており、撮影不可ではありますが、見学は可能となっています。

ショーケースに収められているのは、刀、銀器、古典舞踊のダンサーが身につける黄金の冠、王の椅子、金や銀でできた無数の小さな仏像まで。

諸外国の要人からの贈り物のほか、王室内の儀式で使用されていたもの、高位の人々が寺院に寄進したものなど、国宝級の品々が集められています。

敷地内には、他にも見どころがたくさん。

寺院を取り囲む回廊には、インドの叙事詩「ラーマーヤナ物語」のシーンが600m以上にもわたって絵巻物のように続いています。

写真:筆者提供

ラーマ王子が魔王ラーヴァナにさらわれたシータ姫を助けにいく物語は、カンボジアの寺院装飾や大衆劇でよく用いられる題材になります。色彩・表情ともに豊かに描かれた大作は、心ゆくまでじっくり鑑賞したいものです。

その他、歴代の王らを祀る緻密な彫刻が施された仏塔や、チベットの聖山カイラス山を模したという人工丘、巨大な仏足石が収められた建物なども。

写真:筆者提供
写真:筆者提供

カンボジアの人々の敬虔な信仰心と豊かな芸術的感性をひしひしと感じるスポットです。

【参考】シルバーパゴダ
入場料:$10
※前述する王宮と共通

王家にゆかりある蓮の花の寺院:ワットボトゥム

シルバーパゴダからさらに南へ約400km。南北に伸びる公園の西側に位置する黄金の寺院がワットボトゥム(Wat Botum)です。

写真:筆者提供

前述のワットウナロムと同様、ワットボトゥムも15世紀初頭のポニェ・ヤート王の治世に建てられた5つの僧院のうちの一つ。

ノロドム王治世の1865年に再建された際、寺院が蓮池に囲まれていたことから「蓮の花の寺院」という意味を持つワットボトゥムと名付けられました。

写真:筆者提供

またこの時、カンボジア仏教の二大宗派のうち、王族・エリートに支持されるタマユット派の本部に指定されたことから王室と所縁が深く、現在も王族の葬儀などがここで行われています。寺院の周囲には、政府高官や著名人の墓が並んでいる様子もみられます。

写真:筆者提供

寺院のほか、集会所や高僧の住居、図書館、学校、作家協会事務所といった建物で構成される敷地内に東側の入り口から入って行くと、左手に見えるのが本堂です。

写真:筆者提供

三層になったクメール式の黄金の屋根が壮麗さを漂わせる一方、クリーム色の柱や外壁によって抑制のきいた美しさを感じさせる建物です。

敷地は公園のようになっており、仏舎利を収めた仏塔のほか、王や神々、動物をモチーフとした彫刻などを見て楽しむこともできます。

写真:筆者提供

実は、カンボジアの寺院の位をめぐっては、ワットウナロムとワットボトゥムの間で抗争も。モハニカイ派仏教の総本山があり、国内最高位とされるワットウナロムに対し、ワットボトゥムの方が高位だと主張する声もあるといわれています。

観光客にはあまり知られていないものの、地元の人々の間では重要視されている寺院ワットボトゥム。

ぜひ、プノンペンの寺院巡りの終点に立ち寄ってみてください。

【参考】ワットボトゥム
入場料:なし

美しき歴史の証人たる建造物を訪ねて

写真:筆者提供

ペン夫人が丘上の寺院に仏像を祀った逸話に起源を持つ、王都プノンペン。2回の遷都、フランス植民地時代、独立、内戦、復興といった紆余曲折を経て今に至ります。

節目ごとに建てられ、壊され、再建され。寺院や王宮といった街のシンボルは、その時々の指導者の意向や様式の影響を受け、時に姿を変えながらも歴史の只中にあり続けました。

寺院・王宮史を知ると見えてくる、プノンペンの歩みや国民のアイデンティティ。

意匠を凝らした芸術作品としての建築物を鑑賞しながら、プノンペンを深く味合う旅はいかがでしょうか。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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