アルテ・ピナコテーク:至極のヨーロッパ絵画がここに

アルテ・ピナコテークは、ドイツのミュンヘンにある国立美術館で1836年に開館した世界で最も古い美術館の一つです。収蔵されているコレクションは中世からバロック期にかけて描かれた絵画がメインとなっており、主に15世紀から18世紀にかけての作品を所蔵・展示しています。

■アルテ・ピナコテークとは

アルテ・ピナコテークは、ドイツのバイエルン州・ミュンヘンにある国立美術館で、1836年に開館しました。アルテ・ピナコテークは、世界にある美術館のなかでも最古の部類に入る国立美術館です。

アルテ・ピナコテークは直訳すると「旧絵画館」といった意味で、その名の通り収蔵されている作品は、中世期からバロック期にかけての絵画がメインとなっているのが特徴です。12世紀からバイエルン州を治めてきていた、バイエルン王家・ヴィッテルスバッハ家のコレクションを一般向けに展示するために設立されました。

ヴィッテルスバッハ家の美術品収蔵は16世紀前半にさかのぼります。1527~1528年ごろ、当時のバイエルン大公だったヴィルヘルム4世が、王宮に飾る歴史画の制作を著名な画家たちに頼んだことがきっかけです。これ以降、歴代の君主たちの収集も合わさったことで、ヨーロッパ有数のコレクションを形成するまでに至ったのです。

そして時を経て19世紀に、当時のルードヴィッヒ1世が、これらの有数なコレクションを展示するために設計を命じたのが、アルテ・ピナコテークなのです。

■アルテ・ピナコテークの所蔵品

アルテ・ピナコテークでは、中世からバロック期にかけての絵画を中心に、約700点の絵画が収蔵されています。ドイツの画家による作品のほか、フランドルやネーデルラント、フランス、スペイン、イタリア絵画にまでそのコレクションは及びます。収蔵数は約700点と少ないようにも感じますが、その1点1点が著名な画家たちによる至極の作品ばかりとなっています。また、アルテ・ピナコテークに所蔵されている作品には宗教画が多いのも特徴です。

そんなアルテ・ピナコテークのコレクションには、どのような作品が含まれているのでしょうか。ここで、主要な作品をご紹介します。

・《アレクサンダー大王の戦い》1529年アルブレヒト・アルトドルファー

(Public Domain /‘The Battle of Alexander at Issus’by Albrecht Altdorfer. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

1529年にドイツ人芸術家であるアルブレヒト・アルトドルファーによって描かれた油絵です。

(Public Domain /‘Portrait of Albrecht Altdorfer’by Philipp Kilian.Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

アルブレヒト・アルトドルファーは、16世紀前半に活躍した画家で、純粋な風景を描いた最初期の画家と言われています。生まれは1480年ごろで、ドイツのレーゲンスブルク近辺が出生地なのではないかと言われています。父も写本挿絵を主に手掛ける画家であったことから、幼い頃から絵画に親しみ、父と同じく写本挿絵を皮切りに画家としてのキャリアを積んでいたとされています。
芸術家でありながらも、1519年にはレーゲンスブルク市の参事会員といった要職にもついていて、なんとレーゲンスブルク市長に就任するという話まで上ったようです。しかし、制作活動にいそしんでいたアルトドルファーは、レーゲンスブルク市長に就任することを断ってしまいます。そんな折に制作していた絵画こそ、《アレクサンダー大王の戦い》だったのです。
アルトドルファーは、西洋絵画史においても重要な功績を残しました。それは、宗教画や歴史画における背景としての風景ではなく、純粋な絵画としての風景画を描いた最初期の人物とされているのです。そんなアルトドルファーは、1538年に、レーゲンスブルクで死没します。

この作品はアルトドルファーの代表作品です。古代ギリシャのアレクサンドロス3世がペルシャ軍のダレイオス3世率いる大軍に勝利した紀元前333年のイッソスの戦いをもとに描かれています。この絵は、ルネッサンス期の最も有名な風景画とされていて、これまでにないほどの広々とした戦いの光景が描かれているのが特徴です。

本作品は、前述のヴィルヘルム4世の所有物だったことから、アルテ・ピナコテークに展示されました。

・《ポンパドゥール夫人の肖像画》1756年フランソワ・ブーシェ

(Public Domain /‘Madame de Pompadour’by François Boucher. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

ロココ時代を代表する画家フランソワ・ブーシェの作品です。

(Public Domain /‘Portrait of François Boucher’by Gustaf Lundberg. Image viaWIKIMEDIACOMMONS)

フランソワ・ブーシェは、1703年にパリで生まれ、貴族など上流社会の肖像画をはじめ、神話画を描いた画家で、66年の生涯で約1000点以上の絵画、約200点に及ぶ版画、そして約10000点に及ぶ素描を制作しました。これだけにとどまらず、壁画装飾や、磁器の下絵制作、舞台デザインといったマルチな才能を発揮した人物です。しかし残念ながら、ブーシェの晩年は恵まれたものではありませんでした。ロココ調が否定され、新古典主義の時代に移るとブーシェは自身の作品だけでなく、人格まで否定されるようになってしまったのです。失意の中、ブーシェは1770年に亡くなります。しかし、19世紀後半には再評価され、ブーシェの影響を受けた画家が数多く現れます。かの有名なルノワールも、ブーシェの絵画に影響を受けた人物として知られています。

この作品は、当時のフランス国王ルイ15世の寵愛を受けていたポンパドゥール夫人を描いた作品です。ブーシェは、ポンパドゥール夫人に素描等を教えており、ポンパドゥール夫人もブーシェが描く肖像画を大変気に入っていたという手紙が残っています。またブーシェは絵画の手ほどきだけではなく、ポンパドゥール夫人の相談役としても務めていたという記録が残っています。

・《最後の審判》1615-1618年ピーテル・パウル・ルーベンス

(Public Domain /‘The Last Judgment’by Peter Paul Rubens. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

1615-1618年頃にピーテル・パウル・ルーベンスによって描かれた作品です。

(Public Domain /‘Portrait of the Artist’by Peter Paul Rubens. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

ルーベンスは1577年にドイツで生まれた画家であり、かつ外交官であるという興味深い経歴を持つ人物です。ルーベンスの描く絵画には、肖像画や風景画だけでなく、宗教画や歴史絵画などもあり、多彩なジャンルの絵画を制作してきました。

ルーベンスは語学にも堪能で、外交官としても活躍しており、スペイン国王のフェリペ4世やイングランド国王チャールズ1世からは、ナイトの爵位を与えられるほどでした。こうして国際的に名声が高くなりながらも、ルーベンスの創作意欲は失われることなく、絵画の作成にもいそしんでいたという記録があるくらいです。

この作品は、ルーベンスの代表作品でもある宗教画です。キリスト教の中でも最も重要な、イエス・キリストが世界の終わりに人類の救済と断罪の審判を行う場面が描かれており、救済の場面が中心となっています。本作を描いた同年に、ルーベンスは本作よりも断罪の場面を中心とした同じタイトルの別作品を作成しています。

■おわりに

アルテ・ピナコテークは、所蔵絵画数は少ないものの1点1点の作品の見ごたえがあり、1日いても飽きないでしょう。カメラの持ち込みが可能なので、お気に入りの絵画作品を撮影し、旅の思い出として残すこともできます。

Website : https://www.pinakothek.de/besuch/alte-pinakothek

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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