アントン・ウルリッヒ公爵美術館:中世の芸術作品から近代アートまで幅広く展示する美術館

アントン・ウルリッヒ公爵美術館はドイツにある美術館で、1754年に創設されました。アントン・ウルリッヒ公爵が集めた所蔵品はもちろん、磁器・レース・グラフィックなど様々なアートにふれることができます。2016年のリニューアルオープンにあたり最新の展示技術が取り入れられたことでも注目を集めました。

■アントン・ウルリッヒ公爵美術館とは

アントン・ウルリッヒ公爵美術館は、ドイツのニーダーザクセン州ブラウンシュヴァイクにある美術館です。1754年に創設され、ヨーロッパで最も古い美術館の一つとして知られています。

(Public Domain /‘Christoph Bernhard Francke’by Christoph Bernhard Francke. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

美術館名にもなっているアントン・ウルリッヒ公爵は代々ブラウンシュヴァイク=ヴォルフェンビュッテルを統治する家系に生まれ、自らも約30年に渡りその地を統治しました。生前のアントン・ウルリッヒ公爵は、学術・芸術への造詣が非常に深かったと伝えられています。父親の建てた図書館の蔵書を増やしたり、哲学者たちへ支援を行ったりしつつ、自らも小説や詩を残しました。当時、公爵が収集した芸術作品が美術館開設の基盤となっております。

2008年には拡張工事が行われ、図書館やワークショップスペースが充実しました。そして、2013年からは本館の復元工事が行われ、2016年にリニューアルオープンしたばかりです。

■アントン・ウルリッヒ公爵美術館の所蔵品

アントン・ウルリッヒ公爵美術館のコレクションは、生前にアントン・ウルリッヒ公爵が集めた美術品が基盤となっています。

開館後もコレクションは増え続け、中世~1800年頃までのヨーロッパの絵画はもちろん、磁器やレースまで幅広く取り揃えています。近年はグラフィックアートやドローイングの収集にも力を入れており、特に肖像画のコレクションが有名です。

そんなアントン・ウルリッヒ公爵美術館のコレクションには、どのような作品が含まれているのでしょうか。主要な作品をご紹介します。

・《ワイングラスを持つ娘》1659年~1660年ヨハネス・フェルメール

(Public Domain /‘The girl with a wineglass’by Johannes Vermeer. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

17世紀のオランダを代表する画家ヨハネス・フェルメールによって描かれた作品です。

(Public Domain /‘The only supposed portrait of Jan Vermeer.’. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

フェルメールは、1632年にオランダのデルフトで生まれました。父は絹織物職人とパブ兼宿屋の経営をしていたものの、借金もあり裕福とは程遠い生活でした。1647年頃から画家に弟子入りして約6年間の修行を積み、1653年には画家中心のギルドで親方画家として登録された記録があります。1655年に家業を継ぐと、パブ兼宿屋の経営をしながら創作活動を続けました。

フェルメールが画材として頻繁に使用したラピスラズリは、当時金と同じくらい高価なものでした。パブ兼宿屋の経営が順調だったのはもちろん、投資家でもあるピーテル・クラースゾーン・ファン・ライフェンからの支援が大きかったと伝えられています。しかし、1670年代に第三次英蘭戦争が始まるとオランダ経済は大打撃を受け、収入は激減しました。フェルメール自身は1675年に死去しますが、残された家族には多額の借金が残り破産する結果となります。

フェルメールが画材として頻繁に使用したラピスラズリは、当時金と同じくらい高価なものでした。パブ兼宿屋の経営が順調だったのはもちろん、投資家でもあるピーテル・クラースゾーン・ファン・ライフェンからの支援が大きかったと伝えられています。しかし、1670年代に第三次英蘭戦争が始まるとオランダ経済は大打撃を受け、収入は激減しました。フェルメール自身は1675年に死去しますが、残された家族には多額の借金が残り破産する結果となります。

フェルメールの死後、その作品は長きに渡り忘れ去られた存在となりました。再評価されたのは19世紀とごく最近のこと。その人気は凄まじく近年は世界各国でフェルメール展が行われています。

フェルメールの絵画は、光の表現が特徴的で「光の画家」「光の魔術師」などと称され世界中から愛されています。ラピスラズリから作り出したウルトラマリンによる鮮やかな青色も「フェルメール・ブルー」と呼ばれ親しまれるようになりました。

この作品でもステンドグラスの窓から優しい光が入り込み、ウルトラマリンの美しいテーブルクロスが目を引きます。まるでそこに人が存在するかのような写実的な手法が、これぞフェルメールの真骨頂だと感じられる作品です。

・《ヘラクレスとオムパレー》1537年ルーカス・クラナッハ(父)

(Public Domain /‘Hercules and Omphale’by Lucas Cranach the Elder. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

ドイツ・ルネサンス期の画家ルーカス・クラナッハによって描かれた作品です。

(Public Domain /‘Portrait of Lucas Cranach the Elder’byLucas Cranach the Younger. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

ルーカス・クラナッハは1472年にドイツで生まれ、幼少期から美術家の父に絵の手ほどきを受けていました。1501年からはウィーンで修行を行いドナウ派の影響を受けたことが、のちの背景描写につながったと考えられています。1504年にはヴェッテンベルクで宮廷画家としてザクセン選帝侯に仕えており、描いた作品は人気を集めました。

クラナッハは祭壇画・城の装飾・肖像画など幅広い依頼を受けましたが、特に宗教画を多数制作しました。しかし、クラナッハの息子の一人は同姓同名の画家で作風も似ているため、現在でもどちらの作品か分かっていないものもあります。判明しているものについては、名前のあとに(父)と表記されています。

この作品はギリシャ神話に登場する英雄ヘラクレスとリューディアの女王オムパレーの物語をモチーフに描かれています。ヘラクレスは罪を犯し、償いとして女王オムパレーの奴隷になるように命じられました。奴隷となったヘラクレスは女装をして糸紡ぎをしていましたが、リューディアが侵攻されたときに棍棒で敵を追い払います。するとその功績が認められ、女王オムパレーの夫として迎えられたのです。

たが、リューディアが侵攻されたときに棍棒で敵を追い払います。するとその功績が認められ、女王オムパレーの夫として迎えられたのです。

・《自画像》1508年~1510年頃ジョルジョーネ

(Public Domain /‘Self-portrait’by Giorgione. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

1508年~1510年頃にヴェネツィア派の巨匠ジョルジョーネによって描かれた作品です。その生涯はヴァザーリの伝記以外では残されておらず「謎に満ちた西洋画家」とも呼ばれています。

ジョルジョーネは1477年頃にイタリアのカステルフランコ・ヴェーネトで生まれたと伝えられています。その後、ヴェネツィアでの修業を経て芸術家として独り立ちしました。当時の記録によると、ジョルジョーネは若くして多くの注文を受けており、作家としての活動は順調であってことが推測されます。

彼は風景と人物が一体となった絵画を描いた最初の画家であり、宗教的な意味も古典的な意味も持たない小作品というジャンルの創始者でもあります。しかし、彼のものと断言できる作品はわずか6点のみと言われておりとても希少性の高い作家です。

この作品はジョルジョーネが30代前半で亡くなる直前に描かれたものであると考えられており、憂いを帯びた表情がジョルジョーネの神秘性を高めています。

■おわりに

アントン・ウルリッヒ公爵美術館は芸術を愛した公爵のコレクションを堪能できる美術館です。ベルリンからは少し離れていますが、ブラウンシュヴァイクには大聖堂など歴史的建造物や旧市街の市場といった見所がたくさんあります。是非訪れてみてください。

Website : Herzog-Anton-Ulrich-Museum

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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