ブレーメン美術館:建造物遺産で楽しむ至極のブレーメンの美術館

ブレーメンは大都市ながら中世の街並みを今に残す、童話「ブレーメンの音楽隊」のモデルにもなった町です。ブレーメン美術館では14世紀から21世紀に渡る広い年代の作品を収容しており、中世の作品のみならず現代の作品にも出会えます。

○ブレーメン美術館とは

(Public Domain /‘Kunsthalle Bremen’. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

ブレーメン美術館は、1849年に開館した歴史有る美術館です。1849年に開館した後、幾度の拡張と改修を経て現在の姿になりました。1977年には、建物その物が建造物遺産となり、美術館全体が芸術として高い評価を得ています。ヨーロッパ最大級のコレクション数を誇っており、14世紀から現代に至る幅広い年代の作品を保有しています。

○ブレーメン美術館の収蔵品

ヨーロッパ絵画の中でも特にフランスとドイツの作品を多く扱っており、他にも彫刻、素描や版画など充実したコレクションを誇っています。1823年にブレーメンの実業家によって発足したブレーメン芸術協会によって運営されており、現在では8000人もの会員によって支えられています。

2011年の改修では、老朽化が進んでいた建物内部を大幅に改修し、設備が現代化されました。また中世の作品のみならず現代の作品にも力を入れており、芸術賞を設けるなどして現代美術の発展に寄与しています。

〈リンゴとバナナのある静物〉1905年パウラ・ベッカー

(Public Domain /‘Stillleben mit Äpfeln und Bananen, 1905’by Paula Modersohn-Becker. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

こちらは、女性画家パウラ・ベッカーによる物です。

(Public Domain /‘Paula Moderson-Becker (1876–1907)’. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

父は、鉄道員で母は、貴族出身という文化的な家庭に生まれ育った彼女は、幼少期からブレーメンの地で絵画の個人レッスンを受けるなど、知的かつ文化的な教育を受けてきました。しかし、そんな都会的で洗練された生活に嫌気が差したパウラは、山間の静かな村へと引っ越し、その地で雄大な自然と出会った彼女は農民の暮らしや自然を描くようになりました。

彼女の絵は、独特な色彩とタッチによる不可思議ながらも写実的なものです。何気無く無造作に置かれたバナナとリンゴといった、何の変哲も無い日常生活の一部を描いています。何処の家庭にもあるリンゴとバナナは、不思議と暖かみのある家庭での団欒を思い描かせてくれます。丸々とした収穫物からは、自然の有り難みを感じさせらせます。

その後は、パリへの長期滞在などを経験してより洗練された絵画を学びました。結婚したパウラは娘をもうけるも31歳と言う若さで亡くなってしまい、多くの作品を残す事は出来ませんでした。それでも多くの自画像が描かれており、今も彼女の近影を知る事が出来ます。

〈ケシ畑〉ゴッホ

(Public Domain /‘ield with Poppies’by Vincent van Gogh. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

ゴッホは、ポスト印象派を代表する世界的に有名な画家で、後世の芸術にも多大な影響を残しました。精神的に病んでいたとされる彼ですが、弟のテオに支えられ多くの作品を残しました。また幅広い芸術に興味を持ち、日本の浮世絵に関しては収集し模写するなど、多大な影響を受けていました。

(Public Domain /‘Vincent van Gogh’by Vincent van Gogh. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

ゴッホは生前、あまり高い評価を受けなかったとされ、それも精神を病む一つの要因だったのかもしれません。しかし死後になって彼の評価は急速に高まり、今や世界的に知られる画家となりました。自ら命を立ったゴッホですが、存命中は俗に言う耳切事件を起こすなど、怪奇的な面も持ち合わせていました。それが病故なのか突発的な事なのかは、分かりません。

彼は、代表作「ひまわり」のように多くの自然画も残しました。この美しい新緑が広がるケシの畑からは、生命の力強さと自然の雄大さを感じさせられます。

〈カミーユ(緑衣の女)〉1866年クロード・モネ

(Public Domain /‘Camille, la robe verte’by Claude Monet. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

こちらは、モネによる妻のカミーユをモデルとした絵です。

(Public Domain /‘Claude Monet’by Nadar. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

印象派の画家として知られるモネは、セーヌ川の畔で多くを過ごし、彼自身もセーヌ川の景色を良く描いたと認める程です。幼少期から絵画に夢中であった彼は、サロンに入選を果たすと本格的に芸術家として活動するも、以後は、なかなか認められず経済的に困窮するなど、決して順風満帆の人生ではありませんでした。従軍地のアルジェリアで見た自然の色彩は彼を魅了し、画風にも大きな影響を与えました。

こちらはモネの妻カミーユをモデルにした絵画作品です。経済的にモデルを雇う余裕の無かったモネは、カミーユをモデルとした絵を度々描きました。当時19歳のカミーユは、大人の色気と少女らしさを残した不思議な魅力のある女性として描かれています。その官能さを緑のドレスが際立たせています。この作品は僅か四日間で仕上げたとされていますが、カミーユの魅力が存分に表されています。

当時は、戦乱が続いており絵も売れにくい状況の中、サロンとは距離を置き独自に開いた印象派展も不況に終わり、妻のカミーユも亡くなるなどモネにとって厳しい時期が続きました。しかし、積極的に新しい画風を取り入れて評価されるようなり、彼は瞬く間に有名画家の仲間入りを果たしました。

○終わりに

ブレーメンの音楽隊で知られるこの町には、音楽隊の像も有るので美術館とセットで観光すると良いでしょう。中世の街並みを濃く残したこの街には、他にもたくさんの見所がありますので是非一度訪れてみてください。

Website:http://www.kunsthalle-bremen.de/de

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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