レンバッハハウス美術館:「青騎士」派の作品群

レンバッハハウス美術館は、ドイツのバイエルン州・ミュンヘンにある美術館で、20世紀の絵画を中心としたコレクションを持つ市立美術館です。コレクションの中心となっているのは「青騎士」(der Blaue Reiter)と呼ばれる絵画グループの一員だったガブリエル・ミュンターが寄贈したものです。ミュンヘンの中でも隠れた美術館となっているレンバッハハウス美術館について、またその歴史と所蔵作品について紹介していきます。

■レンバッハハウス美術館とは

(Public Domain /‘Turm der blauen Pferde’by Franz Marc. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

レンバッハハウス美術館は、ドイツのバイエルン州・ミュンヘンにある市立美術館です。主に20世紀絵画のコレクションが充実しており、中でも「青騎士」と呼ばれる、感情を作品に反映させようとした表現主義画家たちによって結成された芸術家サークルに属していた女流画家のガブリエル・ミュンターがミュンヘン市に寄贈した作品が中心となっています。

(Public Domain /‘Self-portrait’by Franz von Lenbach. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

レンバッハハウス美術館は、1929年にミュンヘンで活動していた肖像画家兼美術収集家のフランツ・フォン・レンバッハの邸宅兼アトリエだった場所を改装して作られた美術館です。美術館の名前はこのフランツ・フォン・レンバッハに由来しています。ですので、レンバッハハウス美術館にはもちろんレンバッハ氏自身の作品も展示されています。

ナチス・ドイツ政権下では大きな損害を受けたものの、戦後は元「青騎士」のメンバーだったガブリエレ・ミュンターにより、自身の作品を始め、「青騎士」メンバーだったカンディンスキーなどの作品が寄贈されます。これにより、レンバッハハウス美術館は世界的に知名度の高い美術館となったのです。
更に、2013年にはイギリス人建築家のノーマン・フォースターによって増築され、再オープンしています。

■レンバッハハウス美術館の所蔵品・展示

レンバッハハウス美術館では、「青騎士」派のメンバーによって寄付された作品のほか、「青騎士」派以外の戦後の現代美術も展示されています。ミュンヘンはパリと並ぶ芸術の町であり、「青騎士」派は20世紀の美術に多大なる影響を与えました。

20世紀のドイツ美術史を牽引した、「青騎士」派の作品が中心となっているレンバッハハウス美術館のコレクションには、どのような作品が含まれているのでしょうか。ここで主な作品および展示品をご紹介します。

・《即興渓谷》1914年ワシリー・カンディンスキー

(Public Domain /‘Gorge Improvisation’by Wassily Kandinsky. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

本作品は、「青騎士」派の中核的存在にいた抽象画家であり美術理論家であったワシリー・カンディンスキーの代表作です。カンディンスキーは抽象画の先駆者として位置づけられているだけでなく、多くの著作を残した人物でもあります。
さすがは抽象画、何が描いてあるのか一目見ただけではわかりにくいのですが、風景を好んで描いたカンディンスキーが最終的にたどり着いたのがこの《即興渓谷》という作品なのです。

(Public Domain /‘Wassily kandinsky’. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

カンディンスキーは、ロシア生まれ。フランスとドイツの両国の国籍を持っています。幼い頃はオデッサで過ごし、その後はモスクワで法律と政治を学びました。その後ミュンヘンに移ったカディンスキーは、フランツ・マルクと共に新たな絵画グループである「青騎士」を設立します。

また、ワイマールの美術総合学校であるバウハウスでも教鞭をとります。1933年にナチス・ドイツ政権のもと、バウハウスは閉鎖に追い込まれてしまいますが、その時まで勤務していました。ナチス・ドイツの影響によって移住を迫られるも最後まで拒否し、フランスのヌイイ=シュル=セーヌでその生涯を閉じました。

・《ロシア人の家》1931年ガブリエレ・ミュンター

本作品は、冒頭でも触れた「青騎士」派の女流画家ガブリエレ・ミュンターの描いた作品です。絵画だけで、まるで本当にその場にいるような雰囲気を醸し出す作品となっています。

(Public Domain /‘Gabriele Münter’by Wassily Kandinsky. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

ガブリエレ・ミュンターは、表現主義の女性芸術家で、前述のカンディスキーのパートナーとしても知られています。彼女には芸術の才能があったものの、当時のドイツはまだ女性の国立芸術院への入学が許されていない時代でした。1901年に規模は小さいながらも進歩的な芸術教育を行っていた芸術学校「ファランクス」へ入学します。そこでは前述のカンディンスキーが教鞭を取っており、彼と出会うことでミュンターは画家の精神をフォルムによって絵画に表す表現主義を学びました。

※ムルナウにあるミュンターの家

カンディンスキーの絵画教室へ移ったガブリエレ・ミュンターは、彼と恋愛関係に発展し、その後ムルナウという場所に家を購入しました。ガブリエレ・ミュンターは、ここでカンディンスキーと毎夏の数ヶ月共に過ごしており、それと同時にたくさんのミュンヘンの前衛画家を迎えています。そんな彼女の家はムルナウの人々に「ロシア人の家」と呼ばれていたのです。しかし幸せもつかの間、カンディンスキーは別の女性と結婚し、関係は崩壊してしまうのでした。

第二次世界大戦の際、政権を握っていたナチス・ドイツ政権は現代美術の弾圧を開始。「退廃芸術」としてカンディンスキーの作品が迫害されていましたが、ガブリエレ・ミュンターはカンディンスキーの作品を戦後まで守り続け、青騎士派を世に紹介しましたました。これが現在のレンバッハハウス美術館に寄贈された作品なのです。

■おわりに

レンバッハハウス美術館にはこれ以外にも、「青騎士」を支えたフランツ・マルクやクレーなどといった作品だけでなく、数多くのコレクションが所蔵・展示されています。芸術が迫害されていた時代を生きた画家たちの作品が現代まで守られそこに展示されているのです。レンバッハハウス美術館は、作品だけでなく、その陰に隠れた歴史をも学ぶことができる、貴重な場所となっています。

Website: https://www.lenbachhaus.de/?L=1

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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