ディジョン美術館:ブルゴーニュ公国の芸術を受け継ぐ美術館

ディジョン美術館はフランスのディジョンにある美術館であり、1787年に開館しました。ブルゴーニュ公国からの美術の歴史を受け継ぎ、様々な年代の作品を展示しているフランスで最も歴史ある美術館の一つです。

■ディジョン美術館とは

ディジョン美術館はフランスのディジョンにある美術館で、1787年に開館しました。ディジョンの中心部にあるブルゴーニュ公宮殿の右側の建物が美術館になっており、貴重な作品が多く展示されています。この美術館は、ルーブル美術館よりも前に開館した、フランスで最も歴史ある美術館の中の一つとされています。

(Public Domain /‘Portrait of Philip II, Duke of Burgundy (1342-1404)’. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

フランス東部に位置するディジョンは、その昔ブルゴーニュ公国の首都として栄え、今も歴史ある建物が存在する都市であり、観光地としても人気です。このブルゴーニュ公国を治めていたフィリップ2世は、画家や建築家などを都市に招き入れ、シャンモル修道院の装飾を依頼するなど芸術を奨励していました。このことから、ブルゴーニュ地方では芸術の分野で優れた作品が数多く生み出されました。1766年にはディジョンに美術学校が設立されましたが、ここに通う学生のために作られたのがディジョン美術館です。

■ディジョン美術館のコレクション

ディジョン美術館は、古代エジプト美術から中世の宗教画、近代美術、現代美術など、幅広い年代の作品を所有しています。この地方に豊かな芸術作品をもたらし、芸術家を育成したフィリップ2世に関する作品や、セザンヌやモネなど巨匠の作品も展示されており、幅広いコレクションで人気を博しています。

そんなディジョン美術館のコレクションには、どのような作品が含まれているのでしょうか。主要な作品をご紹介します。

・《墓:フィリップ豪胆公》1410年クラウス・スリューテル他

本作品は1410年に制作された作品で、クラウス・スリューテルとその甥によって装飾され、「衛兵の間」に展示されています。

スリューテルは1340年頃、オランダの北ホラント州にあるハールレムで生まれました。後にブルゴーニュ公国ヘと移ることになったスリューテルは、1385年~1389年頃にジャン・デ・マルヴィルの助手として活動します。また、宮廷彫刻家としても活躍することとなりました。その徹底した写実主義は15世紀の北方彫刻の先駆者とされ、彫刻家だけではなく画家たちにも影響を与えました。スリューテルの写実主義は、古代ギリシャ・ローマ時代の彫刻を踏襲したものとされています。

スリューテルの作品の中で最も知られているものは、ディジョン郊外のシャンモル修道院の中庭にある「モーセの井戸」です。1395年から1405年に制作された作品で、高さ7メートルの柱に彫られており、キリストの受難と悲しむ天使たちの様子が細かく表現されています。

そんなスリューテルとその甥によって作成されたこの作品は、かつてシャンモル修道院にあったフィリップ2世のお墓です。棺の上にはフィリップ2世の彫刻があり、その傍には2体の天使とライオンが彫られています。棺を取り囲むように、悲しみにくれる何十人もの人々の彫刻もあり、写実的な表現と緻密さが魅力の作品です。

また、この「衛兵の間」の並びには、息子であるジャン1世と、その妻であるマルグリットの2基の墓があります。スリューテルの作品ではありませんが、フィリップ2世の墓と同じ様式で作られており、スリューテルのスタイルを踏襲していることが見て分かります。3基の墓が鎮座する「衛兵の間」は、その豪華さと荘厳さが圧巻で、ディジョン美術館の見どころの一つとなっています。

・《黒い帽子のメリー・ローラン》1882年エドゥアール・マネ

(Public Domain /‘Mery Laurent au Chapeau Noir’by Édouard Manet. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

本作品は1882年に制作された作品で、近代美術の父と呼ばれるエドゥアール・マネによって描かれた作品です。

(Public Domain /‘Portrait of Édouard Manet (1832-1883)’by Nadar. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

マネは1832年にフランスのパリで生まれました。マネは裕福な家庭で育ち、1850年からトマ・クチュールのもとで絵を学ぶこととなります。ルーブル美術館にもたびたび通い、巨匠の絵の研究を重ねていたようです。彼の作品は、ベラスケスやゴヤにも影響を受けるようになります。

写実主義や宗教画などの作品を経て、マネは自分のスタイルを確立し始めます。これまでの緻密な表現とは異なり、少し雑な描写によるものでした。裸体の女性が描かれている「草上の昼食」は当時の社会で物議を醸しましたが、この作品が近代美術の始まりとされています。彼の作品は、後の印象派となる画家たちにも影響を与えています。

描かれているのはパリでサロンを経営していたメリー・ローランという女性で、マネ晩年の作品です。晩年は病気のため油彩ではなくパステル画を好み、この作品もパステルで描かれています。モデルとなったメリー・ローランは、多くの上流階級の男性の愛人でもありました。マネだけではなく、他の画家の作品にもモデルとして登場することがあります。

・《浴室のラ・ジャポネーズ》1864年ジェームズ・ティソ

(Public Domain /‘La Japonaise au bain’by James Tissot. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

本作品は、1864年に制作された作品で、フランスの画家・版画家であるジェームズ・ティソによって描かれました。

(Public Domain /‘Self-portrait’by James Tissot. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

ティソは1836年にフランス西部のナントで生まれました。サロンに出品した作品が入選するなど、若くして才能が認められています。パリの繁栄と華やかな文化の時代である、19世紀末のベル・エポックの先駆けとなるような作品や、19世紀末にヨーロッパで流行したジャポニズムを取り入れた作品も残されています。

こちらはジャポニズムが色濃く出ている作品です。着物を羽織った女性がこちらを見ており、日本美術を収集していたティソが、それらを参考に風俗画としての要素も取り入れた作品に仕上がっています。

■おわりに

ディジョン美術館は、ブルゴーニュ公国からの豊かな芸術の歴史を受け継ぎ、優れた美術作品を展示している、フランスの中でも最も歴史ある美術館の一つです。

Website:https://beaux-arts.dijon.fr/

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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