ボルドー美術館:ヨーロッパ絵画の粋を集めたナポレオンが作った美術館

ナポレオンによって創設されたボルドー美術館のコレクションは非常に多岐にわたっており、ルネサンスから近現代までの幅広い時代、様々な流派の名作を観ることが出来ます。
ボルドー美術館を訪れた人々は巨匠達が作り上げたヨーロッパ絵画史の流れの全てを知ることが出来るでしょうここではヨーロッパ絵画の粋を集めた美術館、ボルドー美術館をご紹介します。

■ボルドー美術館とは

ボルドー美術館はフランス南西部の都市ボルドーにある美術館で、市の中心部である市庁舎の隣に建てられています。

市庁舎はロアン大司教の為に建立された、かつてロアン宮と呼ばれた壮麗な建物です。ボルドー美術館はその市庁舎の庭を挟むように建っており、南翼(南館)と北翼(北館)、少し離れて位置する別館と、三つの棟から構成されています。南翼は15世紀から18世紀までの巨匠の作品、北翼は19世紀から20世紀の作品を展示しています。

ボルドー美術館は1801年、当時総督であったナポレオンがフランス革命、戦争で得た美術品や戦利品を15の都市に分配し展示するために設立した美術館の一つです。1870年に火災に見舞われ、建物の一部とドラクロワのコレクション16点が焼失してしまいますが、1875年から1881年にかけて再建されています。また、2011年から2012年にかけて全面的に改装工事が行われおり、展示方法の変更や彫刻の展示スペースが組み込まれるなど大きくリニューアルされました。

■ボルドー美術館のコレクション

ボルドー美術館の常設コレクションは広い時代にわたっており、西洋絵画史の流れを一望することができます。中でもフランドル派やボルドー出身の画家たちの作品が充実しています。

そんなボルドー美術館の所蔵品の一部をご紹介します。

・《聖母子と聖ヒエロニムス、聖アントニウス》詳細年不明ペルジーノ

本作品は制作年不詳、イタリアルネサンスの画家ペルジーノによって制作された作品です。

(Public Domain /‘Selbstporträt’by Perugino. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

ペルジーノは15世紀のルネサンス期に活躍したウンブリア派の画家であり、本名をピエトロ・ヴァンヌッチと言います。イタリアのペルージャ近郊で生まれたため、「ペルージャ人の」を意味するペルジーノと呼ばれています。
ウンブリア派とはイタリアのウンブリア地方で活躍した画家たちの総称で、古典的で格調高い画面構成と鮮やかな色彩、甘美で幻想的な作風が特徴です。ウンブリア派の有名な画家としてはピエロ・デラ・フランチチェスカなどが挙げられます。
ペルジーノはシスティナ礼拝堂の壁画装飾なども手掛け、当時もっとも人気のある画家の一人でした。中でもペルジーノが描く聖母子像は牧歌的な風景描写と、柔和で甘美さを持つ美しい聖母が非常な人気を博し、注文が殺到したといいます。

「聖母子と聖ヒエロニムス、聖アウグスティヌス」はペルジーノが数多く描いた聖母子像の一つです。聖ヒエロニムスと聖アウグスティヌスの二人の聖人の間の玉座に座している聖母子からは高貴な美しさと平安な静寂さがうかがえます。上空には四人の天使と二人のケルビム(智天使)が見守り、穏やかながらも荘厳さを漂わせています。
ペルジーノの現存する作品は130点。その主な作品が聖人や聖母子像を描いた宗教画、壁画装飾や祭壇画などです。ルネサンス期の三大巨匠であるラファエロはペルジーノの弟子でした。
ペルジーノの作品はラファエロに大きな影響を与え、引き継がれるとともに、後世の数々の名作の道標となったといえるでしょう。

・《聖ゲオルギオスの殉教》1615年頃ピーテル・パウル・ルーベンス

(Public Domain /‘Het martelaarschap van de Heilige Joris’by Peter Paul Rubens. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

この作品は1615年頃にバロックを代表する巨匠、ピーテル・パウル・ルーベンスによって描かれました。

バロック絵画とは16世紀ヨーロッパに展開した芸術の潮流を言います。躍動感溢れる場面構成、明暗のはっきりした深い色彩、ドラマティックな描写などが特徴といえます。主にテーマとして神話や聖人、宮廷の貴族や王族の肖像画が描かれました。

(Public Domain /‘Portrait of the Artist’by Peter Paul Rubens. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

ルーベンスは画家であるとともに人文学者、美術収集家、外交官でもあり、ヨーロッパ諸国にその名を轟かせた多彩な文化人でもありました。1577年、ドイツのジーゲンのプロテスタント家庭にルーベンスは生まれます。幼少期は両親の故郷であるアントワープに移り、ここでカトリック教徒として成長します。人文主義教育を受け、ラテン語や古典文学を学んだのもこの時期でした。

そして1600年から1608年までイタリアに渡り、ミケランジェロ、ラファエロ、ティツィアーノ、ヴェロネーゼらの芸術を学びその才能を一気に開花させます。このイタリアでの修業はルーベンスの作品に後々まで強い影響を与えています。

アントワープに戻ったルーベンスはオーストリア大公アルブレヒト7世の大公妃イサベルの宮廷画家として仕えることに。イサベル王女のルーベンスへの信頼は厚く、画家としてのみならず、外交官、特使としての任も受けるなど多方面にわたり活躍しました。

アルブレヒト7世からルーベンスは自身の工房をアントワープに設立することを許可されます。
この工房はルーベンスの美術品収蔵庫でもあり、私的図書館でもあり、当時のアントワープでは最高級の文化施設でした。ルーベンスはこの工房で多くの弟子を持ち、ヴァン・ダイクなど多くの芸術家を輩出しています。またスナイデルスやヤン・ブリューゲル(父)ら、他の画家と共同制作をし、多くの作品を残しています。

「聖ゲオルギオスの殉教」が製作されたのはこのアントワープの時期です。聖ゲオルギオス(聖ジョージ、聖ジョルジョ)はキリスト教の聖人の一人で、古代ローマ末期の殉教者です。ドラゴン退治の伝説を持つこの聖人は理想的な騎士道の姿として描かれ、ルーベンスをはじめ多くの芸術家達が彼をモチーフに作品を制作しています。

「聖ゲオルギオスの殉教」はゲオルギオスがキリスト教を嫌う異教の王により棄教を迫られ、信仰を守り通したため殉教するエピソードを描いています。画面の左には棄教を迫る聖職者、中心には棄教を拒絶するゲオルギオスの姿が劇的な構図で描かれています。躍動感ある場面と人物の表情、画面構成はまさにバロック絵画の典型的な美しさと言えます。
ルーベンスはスペインのバロックの巨匠、ベラスケスとも交流を深め、影響を与えています。

また、フランスのマリー・ド・メディシスやスペインのフェリペ4世ら、時の権力者の外交官としても手腕を発揮しました。晩年にいたるまで作品を描き続け、1640年、心不全でその生涯を閉じています。

・《ミソロンギの廃墟に立つギリシャ》1826年ウジェーヌ・ドラクロワ

(Public Domain /‘La Grèce sur les ruines de Missolonghi’by Eugène Delacroix. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

1826年にロマン主義を代表する巨匠フェルディナン・ヴィクトール・ウジェーヌ・ドラクロワによって描かれた作品です。

ロマン主義とは18世紀から19世紀にかけてヨーロッパにおいて展開した思想で、形式よりも精神や内面などを重視し、自我の開放を表現することを追求した文芸運動を言います。

(Public Domain /‘Photography of Eugène Delacroix’by Félix Nadar. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

ドラクロワはロマン主義を確立した画家であり、その代表作「民衆を導く自由の女神」は世界的に有名な名画で、フランス紙幣に描かれたこともある傑作です。

「ミソロンギの廃墟に立つギリシャ」はドラクロワの初期の重要な作品で、ギリシャ独立戦争の悲劇に触発されて描いた作品です。
ギリシャ独立戦争とは1821年、オスマン帝国(現在のトルコ)に支配されていたギリシャが反旗をひるがえしたことに始まる戦争です。ミソロンギはギリシャの中央部の町の名で、オスマントルコ軍による包囲と激戦が繰り返され、多くのギリシャ人が虐殺された場所です。
また、ドラクロワが深く共感し、傾倒していた英国ロマン主義の詩人ジョージ・ゴードン・バイロンが戦死した町でもあります。

「ミソロンギの廃墟に立つギリシャ」は瓦礫の上に悲愴な表情の美しいギリシャ人女性が両手を広げ立っている姿が描かれています。その足元には死した兵士の片腕が横たわり、彼女の背後にはオスマン帝国の旗を掲げた兵士の姿があります。中央に描かれた女性はギリシャの擬人化で、その悲劇を象徴しています。

テーマの擬人化による社会問題への訴え、思想の表現はロマン主義の特徴的な技法です。この「ミソロンギの廃墟に立つギリシャ」の表現法は、後のドラクロワの名作「民衆を率いる自由の女神」の礎となっています。また、ドラクロワのロマン主義確立の大きなターニングポイントとなった作品であり、絵画史上において非常に意義が深い作品の一つです。

■おわりに

ボルドー美術館を訪れればヨーロッパ絵画を一挙に知ることが出来ます。それぞれの時代の巨匠達の作品に触れ、ヨーロッパの芸術がより身近に感じられることでしょう。

Website :http://www.musba-bordeaux.fr/

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

関連記事一覧