国立東洋博物館:アジアとポルトガルのその交遊の証を知る

ポルトガルの首都リスボンにある国立東洋博物館は、2008年にオープンした比較的新しい博物館です。ポルトガルは、かつて太陽の沈まない国と称された列強国で、東洋の国々ともその昔から交友関係が有りました。大航海時代にブラジルを植民地化し、その後は積極的に東アジアと交流して行くようになりました。その長い歴史の一端を伝える博物館です。

○国立東洋博物館とは

ポルトガルはかつて誰もが恐れる列強国で太陽の沈まない国と呼ばれ、多くの植民地を支配していました。東アジアもその対象の一つで、特に日本に目を付けると宣教師を派遣させるなど、交通網が整備されていなかった時代にも積極的に交易を果たしていました。

その後、徳川政権下では鎖国政策に舵を切り、今迄のような積極的な交易をなす事は出来なくなりました。ただしオランダとポルトガルに関しては、長崎の出島において特別に交易を許されており、ポルトガルは長きに渡って東アジア交易の拠点として、日本との交友関係を持ち続けました。西洋と東アジアと言う全く異なる文化圏にある国同士で、互いの文化を交換し合っていたのです。こちらの博物館にはその遺産が展示されています。

○国立東洋博物館の収蔵品とは

ポルトガルとアジアとの交易の歴史は古く、西洋から見たアジア研究の拠点としても知られる博物館です。ポルトガルは日本の他にもマカオとも強い結び付きを持っており、マカオの芸術コレクションも沢山展示されています。中国交易の証とも言うべきマカオのコレクションは、当時のポルトガルと中国との蜜月関係を如実に表しています。大量に飾られた陶器には美しい中国の自然が描かれ、西洋とは違った景観を見る人々に伝えました。

そんな国立東洋博物館の主な所蔵品を紹介します。

〈東ティモールの伝統産業〉

※画像はイメージです

かつてポルトガルの植民地支配を受けていた東ティモールは、その後インドネシアの支配を受け、2002年にようやく独立を果たした国です。東ティモールにはタイスと言う伝統的な織物があり、その美しい染色技術は古来より女性達によって伝えられてきました。

しかしながら高度経済成長に伴い、近年ではその製作方法を知る人の多くは高齢者であるというのが実情です。今後、この美しい染織も見られなくなる日が来るのかもしれません。

〈中国の陶器〉

※画像はイメージです

マカオを通じて中国とも交易しており、多くの調度品がポルトガルに渡りました。特に中国の陶器の繊細な絵付けは、まるで現代の技術によって製作されたのかと見間違う程の美しさをたたえています。色褪せないその美しさは見る者を感動させ、道具としてだけでなく、芸術作品としての価値を見出ださせます。

中国の伝統的陶器は宮廷で愛用された他、西洋貴族にも多くのコレクターがいました。それだけ上質な陶器が早い段階から、西洋にも渡っていた事が分かります。

〈日本の伝統工芸品〉

※画像はイメージです

日本とポルトガルの交友の歴史は古く、戦国時代にまで遡ることができます。江戸時代には鎖国政策を取り他国との繋がりを絶ってきた日本でしたが、ポルトガルとは出島を通じて交易を続けていました。日本にとってポルトガルは西洋の情報を伝えてくれる数少ない存在だったのです。ポルトガルが金平糖や火縄銃を日本に伝えたのに対し、ポルトガルは日本の伝統的な調度品に関心を持ち、多くの調度品がポルトガルに渡りました。

特に、美しい柄で飾られた着物は西洋の服飾文化とは全く異なる物で、多くの人々が関心を持ちました。西洋とは違う美的意識によって自然が描かれており、それは西洋人には真似のできない物でした。

また陶器に関しては中国のものも多く展示されているので、日本のものと見比べてみることをおすすめします。元々は中国から伝わった技術を独自に発展させた物なので、似ていながらも違うという発見を得られるでしょう。

○終わりに

ポルトガルは長きに渡りアジア諸国とも交易し、その文化を互いに吸収して来ました。そんな先人達の歴史を知る事の出来る博物館です。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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