デヴィッド・ボウイ:ロックとして残した遺書

デヴィッド・ボウイとは

1970年代からグラム・ロックの雄として活躍したイギリスのロック・ミュージシャン。奇抜なファッションやメイクでステージに出演し、作品ごとにコンセプトやイメージをぶち壊して変化し続け、常にリスナーを驚かせてきたアーティストで、ブリティシュ・ロックの歴史にも大きな影響を与えた。日本では1983年に「レッツ・ダンス」や「チャイナ・ガール」が大ヒットした。また、坂本龍一やビートたけしらと共に大島渚監督の映画「戦場のメリークリスマス」に俳優として出演したことでも有名。2016年1月に死去。

デヴィッド・ボウイの遺作「★(ブラックスター)」とは

2016年1月8日デヴィッド・ボウイの69回目の誕生日の日に彼のアルバム「★(ブラックスター)」が発売され、そのわずか2日後の1月10日、デヴィッド・ボウイはこの世を去った。そしてこのアルバムを聴いた人々は衝撃を受ける。このアルバムはもともとボウイが自らの「死」をコンセプトとして作られた作品であり、そしてアルバムの最後には彼からファンへのラスト・メッセージが残されていたからである。これはロック史上誰も残した事のなかった作品による「遺書」であった。

デヴィッド・ボウイのキャリア

デヴィッド・ボウイは1947年イングランド生まれ。いくつかの芸名変更を行なったのち、1967年アルバム「デヴィッド・ボウイ」でこのアーティスト名でデビュー。1969年アルバム「スペース・オディティ」を発表。映画「2001年宇宙の旅」をモチーフにし、架空の宇宙船乗務員トム少佐が宇宙で過ごすうちに虚無感に打ちのめされて最終的に宇宙に漂流してしまうという同名タイトル曲は、当時アポロ11号の月面着陸で新しい宇宙時代の到来に浮かれていた人々にあえてシニカルな物語を投げかけた。

この頃、ボウイはギタリストのミック・ロンソンに出会い、ロックバンドスタイルのサウンドに移行していく。1970年、のちに同タイトル曲がニルヴァーナによってカバーされるアルバム「世界を売った男」、1971年「チェンジズ」などでボウイの”現世”での本音も垣間見えるアルバム「ハンキー・ドリー」をリリースし、彼の独自の文学性や哲学がカルトなファンを徐々に増やしていった。そして1972年アルバム「ジギー・スターダスト」を発表。今作は異星からやってきた架空のロックスター「ジギー・スターダスト」の成功から没落までを描いたコンセプトアルバムで、ついに作品は大ヒットを記録。バンド「スパイダーズ・フロム・マーズ」を率いたツアーでは、過激な衣装やメイク、奇抜で独創的なパフォーマンスにより、アーティスト「デヴィッド・ボウイ」は、グラム・ロックのスーパースターとしての地位を確率した。

その後、ボウイはジギーを封印してアメリカに渡り、自身とブラック・ミュージックとの関係を見つめ直し、白人が作るべきソウル・ミュージックとして作ったアルバム「ヤング・アメリカンズ」、「ステイション・トゥ・ステイション」をリリース。「ヤング・アメリカンズ」に収録されたジョン・レノンとの共作「フェイム」で初の全米No.1ヒットを獲得している。

それから彼はベルリンに渡り、1977年から1979年にかけてプロデューサーであるブライアン・イーノとともにベルリン3部作と呼ばれるアート作品を制作する。イーノのアンビエント音楽に影響を受け、当時ロック界では珍しくシンセサイザーを駆使した実験的作品「ロウ」、前作のアーティスティックな部分にポップやロックの要素を改めて追加した「ヒーローズ」、アンビエントを取り除きボウイらしいコンセプトを入れ込んだ「ロジャー」のベルリン3部作は、デヴィッド・ボウイが最もアーティストとして創造性に富んでいた時期のアルバムであったと言われている。ちなみに1987年6月6日ボウイは、西ベルリンにて当時の「ベルリンの壁」を背にライヴを開催し、そのベルリンで作られて壁の情景を描いた楽曲「ヒーローズ」などを演奏した。その際、いくつかのスピーカーが壁の東側に向けられ、数千人が集まっていたという東ベルリン側からも大きな歓声が上がった。その2年後の1989年11月9日、28年間東西ドイツを分断してきたベルリンの壁は崩壊する。ドイツ外務省は、ボウイの死去に際し、ツイッターにて彼の壁崩壊への手助けに感謝の念を示した。1980年、アルバム「スケアリー・モンスターズ」の中の楽曲「アッシュ・トゥ・アッシュズ」で、あの宇宙飛行士トム少佐のその後(ドラッグ中毒患者となってしまっていた)を描いたのち、1983年、マドンナ「ライク・ア・ヴァージン」等の実績が有名なプロデューサーのナイル・ロジャースとタッグを組んだアルバム「レッツ・ダンス」が大ヒット。カルトスターからゴージャスな商業的な路線への変更は、古くからの一部の熱狂的なファン達を失望させる結果にもなった。

それ以降も90年代から2000年代初めまでボウイは精力的にライヴ活動、バンド活動(ティン・マシーン)、アルバム発表を行なうが、2003年頃に体調を崩し、そのまま華やかな舞台の最前線から静かに姿を消した。復活が期待された2012年ロンドン・オリンピックの開会式でもその雄姿を見ることはなかった。

10年振り突然の復活

2013年1月8日ボウイ66歳の誕生日に突然新曲「ホエア・アー・ウィ・ナウ?」の音源とともにアルバム「ザ・ネクスト・デイ」の発売が発表される。レコード会社の幹部でさえも知らなかったという徹底した情報管理により、世界はまたもやボウイに驚かされた。旧友・トニー・ヴィスコンティのプロデュースによるアルバムのクオリティ自体も非常に高く評価され、何より病気だったとは思えないボウイの力強さがスーパースターの復活を強く印象付けた。アルバム・ジャケットも自らのかつてのアルバム「ヒーローズ」のジャケットの一部を白い四角形で覆い隠したもので、インパクトと芸術性を併せ持つ作品として絶賛された。

「★(ブラックスター)」全曲解説

そして2016年最期のアルバム「★(ブラックスター)」がリリースされる。このアルバムはわずか7曲しか収録されていないが、それが意図的な事だったのか、もしくは彼の体調や残っていた時間の問題だったのかは、もはや知る由もない。前作同様トニー・ヴィスコンティのプロデュースで、ニューヨークの凄腕ジャズ・ミュージシャン達によるハイ・クオリティ・サウンドだが、前作のボウイの力強さは息をひそめ、とてもダークな上にカルトで、何より本当に“死”の香りに満ちている。ボウイのアートは様々な解釈が存在し、とても複雑で理解できないものも多いが、その上で1曲ずつその内容をみていくことにする。

1. Blackstar

人を不安にさせるに十分なドラミングによるとてもダークな雰囲気のタイトル曲からアルバムは始まる。ある男が死んだ日に魂が抜け出るとそこに誰かが入り込んで叫ぶ、「私はブラックスターだ」と。カルトな言葉と不気味なサウンドが10分も続き、まるでオペラかミュージカルの舞台のような独特の暗闇「ブラックスター」の世界にいきなり引きずりこまれてしまう。

2.’Tis a Pity She Was a Whore

2014年発売のSue(or in a Season of Crime)のカップリング曲。娼婦を唄った曲だが、この頃にはまだボウイ自身に死は身近ではなかったのか、または意図的になのか死の香りはさせていない。サックスのソロが鳴り響く演奏にはアルバム全体のサウンドの統一感を感じさせる。

3. Lazarus

この曲はこんな歌詞からスタートする。「空をみあげてごらん。僕は天国にいる。」PVの中で彼は病床のベッドに横たわりながら歌っている。「私は自由になる。あの青い鳥のように。」この曲は難解な表現の多いボウイにしてはかなりシンプルな表現に感じる。PVの最後にベッドから出てクローゼットに入っていくのは理解不能だが(天国への入り口を示唆?)。

4. Sue (Or in a Season of Crime)

2014年発表曲のリメイクでオリジナルより明らかにジャズのテイストと暗い雰囲気がある。ボウイのヴォーカルもあえて若干パワーダウンさせた感じ。X線検査の結果やお墓の話も出てくるこの曲をボウイは病気になってあえて再録音したのであろうか。まるで彼女への言葉を自分自身へかけているようだ。「スー、グッドバイ」の歌い方がとてもせつない。

5. Girl Loves Me

ラップ調に過激な言葉を投げかけるボウイ。この作品は今一番旬のラッパー、ケンドリック・ラマーの影響を受けたとされている。最後まで新しいものを貪欲に取り入れ、彼のオリジナリティも残したとてもボウイらしい作品。

6. Dollar Days

「私は死んでゆく」の歌詞をこの悲しげなメロディーに乗せて繰り返し歌われるのはとても切ない。この絶望感溢れる曲をラスト前に配置し、そして大団円に向かっていくという美しい演出である。

7. I Can’t Give Everything Away

そして暗闇の先に見えるひかりのような美しい最後の曲である。「すべてを置いていくことはできない」というタイトルと歌詞だが、実はこのサビの前にこのような歌詞がある。「見えるものは多くても感じるものは少ない。Noと言っても本当はYesという意味だ。これこそ私が意味していること。これこそ私が送るメッセージだ。」Noと言っても本当はYes…つまり、これは全てを置いていくことはできないといっているけれど、本当はすべてを置いてゆくよ、というデヴィッド・ボウイからファンへの最後の言葉なのではないか、と推察できる。だが本当の意味は永遠にわからない。

この「★(ブラックスター)」のアナログ盤のジャケットに光を当てると黒い部分に銀河が浮かび上がる仕掛けがあったそうだ。ジャケットだけでなく、音楽や歌詞にもどれだけこの作品の中に謎が掛けられていることか。自らの死ですらもアートとして表現するロック史上空前絶後のトリックスター「デヴィッド・ボウイ」のスワンソング。それはどこまでも彼らしく、そして素晴らしいラスト・メッセージだった。

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