ローリン・ヒル:美しい低音を持つシンガーの半生

ローリン・ヒルはアメリカ合衆国のヒップホップグループ、The Fugeesのボーカルであり、R&B歌手、ラッパー、女優で90年代を代表するビッグスター。グラミー賞をはじめとする、数々の受賞歴を持つ。

● 歌や演技の才能は幼少期から

1975年、ニュージャージー州サウスオレンジに生まれたローリンは、コンピューター関連の仕事につく父親と英語教師の母を持ち、小さな頃から歌手を夢見ており、教会などで歌を歌ったり、子役としてテレビドラマに出演したりしていました。現在までの彼女の活躍ぶりを見ると、その頃から才能は発揮されていた事でしょう。
ハイスクール時代、後にカリブの最貧国と言われていたハイチからの移民であったワイクリフ・ジョンと彼の従兄弟であるプラズと出会い、1988年にヒップホップグループThe Fugeesを結成します。

● フージーズのメンバーとしての「ローリン・ヒル」

フージーズが結成されたのは、1988年ですが、実際にレコード会社と契約を交わしたのは1992年で、更にデビューは1994年でした。その間、ローリンは俳優としてのスキルを磨く為、勉強に時間を裂き、映画等に出演していました。中でも1993年に出演した「天使にラブソングを2」では圧倒的な存在感とずば抜けた歌唱力で話題になりました。
そんなシンガーとしての地位を確立させたローリンでしたが、フージーズの楽曲ではラップも披露しています。シンガーの彼女がラップで表現することを選んだのには訳がありました。彼女にとって、その頃のR&Bシンガー達は空っぽの内容の無いセクシャルな歌をただ歌っているだけにしか見えなかったようです。そんな事をしたい訳ではなく、リスナーに言葉をもっと真剣に受け止めて欲しかったので必然的にラップを選び、言葉をのせて伝えたのだそうです。
満を持してリリースされたデビューアルバム「Blunted on Reality」は前評判の割に、その後の評価はそこまで高くなかったのですが、セカンドアルバム「the Score」が爆発的に全世界で大ヒットし、スターダムにのし上がりました。しかしその後、自身の妊娠をきっかけにフージーズは実質解散となり、ローリンはソロ活動を開始します。
後にフージーズのメンバー、ワイクリフ・ジョンが自身の半生を綴った回想録で、ローリンと出会った瞬間一目惚だったことや、フージーズ時代はローリンと不倫関係にあり、彼女の妊娠を機にその関係は解消された事などを記しています。
ワイクリフにとって、ローリンは唯一無二の大切なミューズだったのです。

●ソロ歌手としての「ローリン・ヒル」

1997年にボブ・マーリーの息子であるアーロン・マーリーとの子供を妊娠し、それを機にソロ活動を開始したローリンは、待望のソロアルバム「The Miseducation of Lauryn Hill」を発表し、全世界で大ヒットします。中でも自身の息子ザイオンに向けて歌った楽曲「To Zion」での心の叫びと素晴らしい歌詞や歌声が賞賛されます。1999年のグラミー賞では、11部門にノミネートされ、その中の5部門を受賞するという大きな記録を残しています。
有色人種や女性としての立場から伝える彼女の言葉は非常に力強く、そんな姿勢が若い女性から大変支持され、全世界に魅力が広がって行きました。
誰もがこのままローリン・ヒルは大成功の人生を歩んで行くのだと思った事でしょう。

● 一度死に、生まれ変わった「ローリン・ヒル」

グラミー賞を受賞した1999年以降、約二年彼女は音楽業界の第一線から退いており、“音楽業界の行方不明者リスト”の一人として名前が上がる程でした。
しかし、26歳となった2001年にMTVの番組「Unplugged」の収録の為に姿を現し、今までの自分は本当の自分では無いと言わんばかりに集まったファンやカメラに向かって「みんな本当のローリンを知っているつもりかもしれないけど、実は今日が初対面であり、私自身もまだまだ自分を知り始めたところです。」と話したのです。
彼女にとって「行方不明」だった2年間は、大スターだった過去の自分は幸せでは無かったと考えるようになり、新しい自分を見いだした時期だったのです。
才能あふれ誰からも愛されるアーティスト、ローリン・ヒルで居る為に、本当の自分を胸の奥に押し込めて型通りに演じていたと後に語っています。そういう意味で彼女は一度「死んだ」のです。
元々、信仰心は彼女の中にしっかりと存在し、過去の曲の中にも聖書の内容を引用するような歌詞が含まれていたこともありましたが、信頼するアドバイザーの下、一年程さらに聖書を勉強し直したと言います。
新たに息を吹き返した「本当のローリン・ヒル」は着飾る事もせず、まさに素顔のままに「MTV Unplugged」のステージで、ギター一本で新曲等13曲を披露しました。
その姿に賛否両論もありましたが、話題性に欠かないローリン・ヒルとして、復活のタイミングは成功に終わったのではないでしょうか。後に、このステージは音源化され、発売されています。
彼女の歌声は健在どころか、どこか洗練され、更にパワーアップしていました。

● 波瀾万丈。犯罪者にまでなってしまった「ローリン・ヒル」

ハイスクール時代に出会い、結成したフージーズで発表する作品も、ソロで発表する作品も、どちらも爆発的ヒットで大成功を収めた彼女。アーロン・マーリーとの間にも5人の子をもうけ、幸せな人生を送っていたと思いきや、そう上手くはいかず、数々のトラブルに見舞われました。
2011年に過去のツアーで使用した衣装や小物を返却せず、使用料も一部しか支払わなかったとして、ファッションコンサルタントから盗難で訴えられ、また、そのツアーでは他にも、同行したギタリストからも屈辱されたとして訴えられました。
2013年には3年間に及ぶ脱税と税の滞納を問われて、3ヶ月の実刑判決を受け服役、ついに前科がついてしまいます。
当初は法廷で「奴隷の私をまるでいじめているかのよう」などと抗議していたそうですが、服役中には、考えを改めて事実を受け入れ、励ましてくれたファンの手紙に対して感謝の言葉を述べていました。彼女は更に生まれ変わったのでしょう。
しかし、トラブルは最近にも発生してしまいました。
ローリンの公演に同行した事のあるピアニストのロバート・グラスパーが、ソロデビューアルバムの収録曲には、彼の友人のアイデアを盗んだと思われる物があることや、当時のツアー関係者への扱いが大変酷かったことなどをFM放送で発言したが、それには彼女も反論しています。
しかし、20年近くも前の事を今になって話すロバートの心境はどのような物だったのでしょうか。
ずっと忘れられない程の深い闇があったのか、ただ言えなかっただけなのか、どのような真意があるのかは分かりませんが、無事解決してくれる事を祈ります。

● ローリンの家族と自身の成長

ローリンには、ボブ・マーリーの息子、アーロン・マーリーとの間に5人の子が居り、別の男性の子も1人出産していますが、長男のザイオンが、2017年に19歳で子供をもうけた為、41歳という若さで祖母になりました。娘のセラもモデルとして活躍しながら念願のミュージシャンとしてデビューする等、大活躍しています。
過去の大ヒットした時代から比べると、今はそこまで目立った活動はしていない様ですが、ローリンの歌声もまだまだ健在で、2016年には世界ツアーを成功させ、ソロデビュー20周年となった今年に入っても全米、ヨーロッパツアーを行い、2019年まで世界各地に出向くツアーの予定は決まっています。
重厚感のある彼女の歌声はこれから先も多くの人の心に届き、優しく包んで行ってくれる事でしょう。今後のローリン・ヒルの活躍も楽しみです。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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