
シャボット美術館:オランダ表現主義の芸術家、シャボットの美術館
シャボット美術館はヘンク・シャボットを讃えて設立した美術館です。シャボットはオランダの表現主義を代表する画家で彫刻家であり、20世紀美術のビジュアルアートの先駆者といわれています。シャボットは作品の中に美だけを追求せず、「本質」を追求することを最も重要としていました。”戦争コレクション“は第二次大戦の間に制作され、真の「戦争記録」として貴重な作品となっています。シャボットの偉大な功績から、ロッテルダム市において年間の最優秀ビジュアルアーティストに贈る賞に“ヘンク・シャボット賞”の名がつけられています。

■シャボット美術館とは
シャボット美術館はオランダの表現主義を代表する画家で彫刻家のヘンク(ヘンドリック)・シャボットを讃えて、1993年に設立された記念碑的な美術館です。
ロッテルダム市の博物館エリアであるミュージアムパークに位置し、建物は現代建築家のヘリット・ウィレム・バースによって設計されました。
美術館は1938年にクライエフェルド家の私邸として建築された建物を使用しており、近代建築の上品な外観と開放的な明るい庭園に囲まれた家庭的な造りで、その白く美しい姿から「ホワイト・ヴィラ」と呼ばれています。
■シャボット美術館のコレクション
ヘンク・シャボットは2つの世界大戦の間の激動の時代を生きたオランダ表現主義の中心の芸術家で、20世紀美術のビジュアルアートの先駆者と言われています。

シャボットは荒れ狂う海や凍てつくような冬の景色、大戦時代の隠れ家の人々、囚人や難民達の苦しみの本質的な部分を表現しています。

また、戦争の時期以外の平和な生活においては多くの農民や庭師、動物を描いており、彼の絵画には時代の流れが明白に反映されているといえます。
それは人物だけでなく風景も同様で、その表面下にある真実の姿を見抜いて描いています。
そして彼のその現実への観察眼の鋭さで、人類を脅かす戦争の恐怖と悲しみを作品で表現しました。
2018年美術館の設立25周年を記念して、個人コレクターが所蔵していたシャボットの重要作品 “戦争コレクション”が美術館に寄付されました。
”戦争コレクション“は26枚からなる連作で第二次大戦の間に制作されており、真の「戦争記録」として貴重な作品となっています。生前、シャボットはこのコレクションが一か所で展示されることを希望しており、この寄付によって彼の願いが叶ったといえます。
また、シャボットの偉大な功績から、ロッテルダム市において年間の最優秀ビジュアルアーティストに贈る賞に“ヘンク・シャボット賞”の名がつけられています。
そんなシャボット美術館のコレクションには、どのような作品が含まれているのでしょうか。主要な作品、シャボットについてもご紹介します。
ヘンク(ヘンドリック)・シャボットは1894年オランダの北ブラバント州スプラン村で生まれ、1906年に両親とともにロッテルダムに移り住みました。
ロッテルダムで最も優秀な美術学校ロッテルダム芸術科学アカデミー(現在のウィレム・デ・クーニング・アカデミー)で絵画を学び、20代に彫刻を制作しアーティストグループで活動、30代から絵画を主に制作するようになります。
シャボットはヨーロッパの不穏な政治情勢の動きを敏感に察知し、1933年ドイツの独裁者ヒトラーが権力を掌握したことで、オランダ西部ゼーラントのヴロウェンポルダーへと避難します。移住後、のちにシャボットの重要な友人となる画家で石版画家のチャリー・トゥーロップと出会います。

この時期シャボットは海、農民や牛などの平和な風景を描いていました。
シャボットの作品の変化は戦争の動向とほぼ一致します。彼は現実の出来事の本質を描く画家で、戦争の勃発とともに戦時下の様子を中心に描くようになります。第二次大戦中に描かれた作品が“戦争コレクション”と呼ばれる26枚の連作の絵画であり、シャボットの最重要作品の一つとなっています。
・《ロッテルダムの火》 1940年 ヘンク・シャボット
本作品は1940年に制作された作品でオランダの表現主義を代表する画家ヘンク・シャボットによって描かれた作品です。
“戦争コレクション“の1枚で、1940年5月14日のドイツ軍によってロッテルダム市が砲撃された様子を描いています。

ロッテルダム近くに戻って暮らしていたシャボットは、アトリエから川の向こう側、ロッテルダム市が燃え上がるのを目撃しました。
空一面に広がる赤い爆炎が押し寄せるように描かれており、爆撃の激しさが伝わってきます。炎は赤、オレンジ、黄色と激しく燃え盛り、煙を上げながら上空へと巻き上がっています。
この作品はシャボットの最重要作品であり、美術館において最も有名な人気作品です。ロッテルダム市の所有となっていますがシャボット美術館に永久貸借されている作品となっています。
・《負傷者》 1943年 ヘンク・シャボット
本作品は1943年に制作された作品でオランダの表現主義を代表する画家ヘンク・シャボットによって描かれた作品です。
この作品も“戦争コレクション”の一枚です。男性が左足に包帯を巻いて座っている姿が描かれており、その表情は痛みに耐えて苦しそうな表情です。
その服装から、兵士ではなくおそらく農民と思われる中年くらいの男性で、その傍らには付き添う妻が座っており、悲痛な表情を浮かべています。背後には息子と思われる少年が悲しそうな、不安な様子で男性を見つめています。男性のケガはドイツ軍の戦車による砲撃か、車輪による負傷です。
周囲には医者と数人の人々が重く沈んだ雰囲気で、沈黙してたたずんでいます。人々が泣くことも、苦しみを語ることもせず、戦争の絶望に静かに耐えていた当時の空気が伝わってくるような作品です。
・《難民》 1943年 ヘンク・シャボット
本作品は1943年に制作された作品でオランダの表現主義を代表する画家ヘンク・シャボットによって描かれた作品です。
この作品は“戦争コレクション”の一枚で戦争による難民の家族が描かれています。シャボットは難民達の苦しみを何作かにわたって描き、その悲惨な現実を表現しています。
この作品には手前に2人の子供が描かれており、1人は少女で頭に布をかぶって目を伏せており、もう1人は少年でおびえながらも澄んだ瞳でこちらを見ています。そして背後の、両親と思われる男性と女性が子供達を守るように抱えています。2人の子供は暗い画面の中で、希望の象徴であるかのようにほんのり明るい色で描かれています。
子供たちは父親を頼り、父親はそれを守ろうとしているのがわかります。この難民の家族は絶望、不安で疲れ切りながらも、お互いの無事を心の底から祈っているように見えます。
■おわりに
ヘンク・シャボットはその鋭い観察眼で戦争の苦しみの「本質」を描きました。彼が伝えようとした真実は決して忘れてはいけないものであり、また彼の真実を見つめる姿勢は継承されていくべき大切なものといえます。
※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。