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ウィリアム・シェイクスピア:『マクベス』や『ロミオとジュリエット』を生み出した謎多き劇作家

(Public Domain /‘William Shakespeare’ by John Taylor. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

ウィリアム・シェイクスピア(1564–1616)
イングランド出身の劇作家。代表作に「ロミオとジュリエット」や「ハムレット」などが挙げられ、ルネサンス演劇を代表する人物でもあります。また彼の作品は初期近代英語を知るうえでも貴重な資料となっています。

※シェイクスピアが生まれたと言われているストラトフォードの家

<裕福な生活から転落、長男の死>

ウィリアム・シェイクスピアは1564年にイングランドのストラトフォードで生まれました。当時は出生証明がなく、キリストの洗礼を受けた記録から4月23日が誕生日ではないかと言われています。兄弟はシェイクスピアを含め8人おり、父の商売が繁盛し町長へ選出されるなど人望が厚かったため裕福な家庭で不自由なく育ちました。しかし父が羊毛を売買する闇市に関わり起訴。職も信用も失い、学費が払えないほど生活が悪化しシェイクスピアは進学を諦めます。1582年になると26歳の女性アン・ハサウェイと結婚。子供にも恵まれ長女スザンナ、長男ハムネット、次女ジュディスと名前をつけましたが、ハムネットは1596年に亡くなってしまいます。シェイクスピアがその悲しみを作品にしてできあがったのが「ハムレット」です。

<ロンドン進出>

シェイクスピアは1592年頃にロンドンで活動を始め、演劇の台本を手掛ける様になります。シェイクスピア自身も俳優として舞台に立ち、さまざまな立場から劇を仕切っていました。最初は匿名で劇の台本や戯曲の制作を行なっていましたが、彼の劇に対する人気の高さから1598年ごろには「ウィリアム・シェイクスピア」とタイトルページに記載されるようになります。また彼の所属する劇団は王家のお抱えとなり、各所で公演を行うなど忙しい生活を送っていました。シェイクスピアは劇中で「ハムレット」の先王の幽霊、「お気に召すまま」のアダム、「ヘンリー五世」のコーラスなどを演じており、また結婚後からロンドンで活躍するまでの期間については記録が残っておらず謎に包まれたままです。

<死因は腐ったニシン…?>

1616年4月23日にシェイクスピアは52歳で亡くなりました。死因は腐ったニシンを食べたことによる感染症だと言われています。彼は生前ストラトフォードにあるホーリー・トリニティ教会に多額の納税を行なっていたため教会の中に埋葬されました。記念碑にはシェイクスピアが執筆している様子の胸像が置かれ、毎年誕生日には胸像の右手にある羽根ペンが新しいものに交換されています。彼は誕生日と亡くなった日が同じであることでも有名です。

※画像はイメージです

<シェイクスピア別人説>

「シェイクスピアは別人では?」という都市伝説が囁かれているのはご存知でしょうか。シェイクスピアに関しては個人史に大きな空白があり直筆の手紙なども存在しないため、「別人が使った名前ではないか」、「劇作家たちが使いまわしたペンネームではないか」という噂があるのです。2011年にはこの説を題材にした『もうひとりのシェイクスピア』という映画も公開されています。学者たちの間でもさまざまな議論が交わされていますが結論は出ておらず、真相が分からないからこそより興味をそそられるのかもしれませんね。

※『もうひとりのシェイクスピア』

<さいごに>

裕福な生活からの転落や息子の死を経験しながらも、自身の才能を見事に発揮させたウィリアム・シェイクスピア。彼をテーマとしたゲームのキャラクターなども存在するため、作品は知らなくても名前は知っているという方が多いのではないでしょうか。シェイクスピアの物語はいまでも世界各国の舞台で上演されており、現代風にアレンジされたものもあるので初めての方でも安心して見ることができます。劇以外に本も出版されているので、興味のある方はぜひ一度シェイクスピアの世界に触れてみてはいかがでしょうか。

出典:(Wikipedia、ウィリアム・シェイクスピア)(7,2021)

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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