ジョージ・バーナード・ショー:粋でシュールなユーモア作家

ジョージ・バーナード・ショー(1856―1950)はアイルランドのダブリンに生まれた文学者・脚本家・劇作家・評論家・政治家・教育家・ジャーナリストです。20歳の頃から音楽評論家のゴーストライターを始め、27歳で小説を発表、36歳の頃に「やもめの家」で劇作家デビューしました。そして数々の名作を世に送りだし、1925年にノーベル文学賞を受賞します。ヴィクトリア朝時代から近代にかけてイギリスやアメリカなどで活躍し、94歳で亡くなりました。

<ゴーストライターから劇作家へ>

1856年7月26日にアイルランドの首都ダブリンに誕生したジョージ・バーナード・ショーは舞台構成や作家として活躍し、94歳で没するまでに53本もの戯曲を残しました。そしてノーベル賞も受賞し、文学賞ではアイルランド人で2人目の受賞でした。
彼の父親は穀物の卸売商を営んでいました。母は地主貴族から派生した名家出身の文化的な女性であり、ショーにも多くを助言してくれたそうです。15歳で学校を卒業してからは、母の知人に紹介されたダブリンの土地仲介業者で働き始めます。そして20歳の頃にロンドンへ移住し、そこから小説家を目指しました。しかしなかなか上手くいかず、音楽評論家のゴーストライターを始めることになります。
当時ロンドンは資本主義の勢力が強く、自由な市場競争による経済格差が生まれていました。そしてその反動で、労働で得た資本を国が管理し国民が平等に得られる環境を配備すべきという主張を持つ勢力、つまり社会主義が誕生します。
彼は経済学者のヘンリー・ジョージの講演に感銘を受け、社会主義運動に参加するようになります。そして28歳のときに社会主義者の知識人たちによる団体「フェビアン協会」に入会し、ここで後の妻となるシャーロット・ペイン・タウンゼンドと出会います。2人はショーが42歳のときに結婚し、タウンゼンドはフェミニズムの運動に力を入れていました。

<ユーモラスなベジタリアン>

ショーは社会主義者であり、菜食主義者でもありました。菜食主義の巧妙か生涯を通してとても健康で、85歳のときにこんな言葉を残しています。

私は現在85歳だが、これまでと同じように元気に仕事をしている。もうかなり長く生きたので、そろそろ死のうかと思っているのだが、なかなか死ねない。ビーフステーキを食べれば、ひと思いに死ねると思うのだが、私には動物の死体を食べるような趣味はない。私は自分が永遠に生きるのではないかと思うと、空恐ろしい気分になる。これが菜食主義の唯一の欠点である

(引用:Wikipedia)

ショーは文学や舞台だけでなく映画の制作も行なっていました。「ピグマリオン」という作品がアメリカのハリウッドで映画化され、第11回アカデミー賞の脚色賞を授与されます。この頃、様々な業績が讃えられイギリス王室からナイト称号の授与を打診されますが、彼はその称号にどのような意味があるのかを見出せないと言い受賞を拒否したそうです。
彼の作品は風刺に富み、理想と現実とのバランスを絶妙に描いたとして高く評価されました。彼の風刺をイメージするのにわかりやすい逸話があります。文化人や各界の著名人が集まるパーティに参加したショーに、ある女優が「あなたの知性と私の美貌がかけあわさった子どもが生まれたらどんなに素晴らしいか見てみたいわ。」と話しかけたところ、ショーは「君の頭と僕の面がかけあわさった子どもが生まれる可能性と50/50だね。」と答えたそうです。この手のエピソードは本当かどうか定かでないことが多いですが、ショーがユーモアのある言葉選びのセンスに長けた人であったということが伝わってきます。

<敬愛するシェイクスピア>

ショーは1895年以降に多くの劇評を書きましたが、その中でも特に有名なのがシェイクスピアの劇についての評論です。当時のシェイクスピア論はシェイクスピアを絶賛しまるで神かのように崇めるものが多かった中、ショーはその風潮をナンセンスだと一蹴しました。そして作品の大胆な改変劇については激しく非難もしました。
ショーは心のどこかで、愛するシェイクスピアを超える劇作家になりたいと願っていたのかもしれません。シェイクスピアの悲劇『ジュリアス・シーザー』に対抗して『シーザーとクレオパトラ』を書き、喜劇『じゃじゃ馬ならし』に対抗して『ピグマリオン』書いたのだと評されることがしばしばあります。
晩年のショーはエイオット・セント・ロレンスに移り住み、90歳を超えても健康的な生活を謳歌していました。1943年に妻シャーロットが死去し、彼も1950年に自宅の庭園で樹木の手入れ中に転んで足を骨折して手術をしたのが引き金となって、腎臓浮腫を患い94歳で亡くなりました。
死後はショーの遺言により、妻シャーロットとショーの遺灰を混ぜ合せて庭園の小道に撒き散らされました。

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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