イェーテボリ美術館:近現代の北欧美術のコレクションを所蔵する美術館

イェーテボリ美術館はスウェーデン南西部の湾岸都市にある美術館で、1923年に開館しました。フィンセント・ファン・ゴッホやクロード・モネ、パブロ・ピカソといった近代美術の巨匠たちの作品に加え、近現代北欧美術の重要な作品も所蔵しています。そんなイェーテボリ美術館の歴史とコレクションについて詳しく解説していきます。

■イェーテボリ美術館とは

イェーテボリ美術館はスウェーデン南西部の湾岸都市イェーテボリにある美術館で、1923年に開館しました。イェーテボリはストックホルムに次ぎ北欧では5番目に大きな都市であり、貿易や海運業の拠点として栄えてきました。古くはグスタフ2世アドルフによって建設されたという伝説がある都市で、度重なる戦争の結果ようやく北海への出口を手に入れたスウェーデン人によって設立された歴史を持っています。

そんなイェーテボリにあるイェーテボリ美術館は、イェーテボリ博物館のコレクションを分離する形で開館しました。イェーテボリ博物館は先史時代から今日までのイェーテボリについての品々を所蔵している博物館であり、スウェーデンで唯一のヴァイキング船も展示されています。イェーテボリ博物館のコレクションは幅広い時代かつ巨大な品を所蔵していたということもあり、徐々にコレクションを管理するには手狭になってしまった為美術部門を分離、独立する形で開館することになりました。

■イェーテボリ美術館のコレクション

イェーテボリ美術館のコレクションは国内最大のアート・コレクターであり、カール・ラーションやアンデシュ・ソーンといった画家たちのパトロンであったポントゥス・フュシュテンベリーによって寄贈された作品が核になっています。そうしたコレクションは寄贈者の名前を冠したフュシュテンベリー・ギャラリーに展示されています。

コレクションにはフィンセント・ファン・ゴッホやクロード・モネ、パブロ・ピカソといった近代美術の巨匠たちの作品に加え近現代北欧美術の重要な作品も含まれており、20世紀美術はもちろん北欧近代美術の作品を鑑賞するにはぴったりの美術館といえるでしょう。

そんなイェーテボリ美術館のコレクションには、どのような作品が含まれているのでしょうか。主要な作品をご紹介します。

・《軽業師の家族と猿》 1905年 パブロ・ピカソ

本作品は1905年に制作されたもので、20世紀を代表する画家パブロ・ピカソによって描かれました。

ピカソは1881年10月25日スペイン、アンダルシア州のマラガで父親のホセ・ルイス・イ・ブラスコと母親のマリア・ピカソ・イ・ロペスの長男として生まれました。父のルイスは美術学校の教師や小さな美術館の館長を務める画家で、ピカソは幼いころ父から絵画の基礎を学びました。ピカソが13歳の頃に描いた鳩のスケッチを見た父は彼の天性の才能を感じて以降、絵を描くことを辞めたといわれています。

1900年になるとパリに居を移し、芸術仲間のマックス・ジャコブやフランシスコ・デ・アシス・ソレル、画家兼詩人のカルロス・カサへマスなどと親交を結んでいました。しかしある時カサへマスが恋人とのトラブルにより自殺。ショックを受けたピカソはしばらく青を基調とした、憂鬱で沈んだ「青の時代」の作品を描くようになっていきます。

その後もオレンジやピンクを基調とした「バラ色の時代」やアフリカ彫刻の影響を受けた「アフリカ彫刻の時代」などを経て、ジョルジュ・ブラックとともにキュビスムの作品を競うように発表。また古典回帰の作品を制作するなど、ピカソのスタイルは目まぐるしく変わっていきました。晩年はさまざまなスタイルを融合させ、これまで以上にカラフルでプリミティブな作品に注力していたものの、1973年4月8日にフランスのムージャンで死去。92歳の生涯を閉じています。

そんなピカソによって描かれた本作品は、ピカソが芸術家として脚光を浴びつつあった1905年に描かれたもので、ピカソの初期作品の中でも重要な位置にあるものだと考えられています。中央には髪を結った女性が幼子を抱いており、その隣には同じく幼子を見つめる曲芸師が描かれています。彼らはおそらく聖家族をイメージさせる古典的なテーマで表現されたものと考えられており、三角形の安定的な構図で描かれています。

青の時代に描かれたということもあり作品全体にどこか不安と憂慮が漂っており、家族を見上げる猿の視線がより作品のイメージを強調しています。

(Public Domain /‘Läxläsning’ by Carl Larssonl. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

・《宿題》 1898年 カール・ラーション

本作品は1898年に制作されたもので、スウェーデンを代表する画家カール・ラーションによって描かれました。

カール・ラーションは1853年ストックホルム旧市街のガムラスタンで生まれました。家庭が貧しく救貧学校に通っていましたが、担任教師がラーションの絵の才能を評価したため王立美術学校予備課程に入学。在籍中の作品は学校からたびたび表彰されるほどでした。

ラーションは生活のために風刺雑誌「カスペル」をはじめとした挿絵や書籍、雑誌の仕事なども請け負うようになり、徐々に人気を集めるようになっていきました。1877年にはパリに旅行し、バルビゾンやモンマルトルで貧しい暮らしを送りながらも制作を行っています。その後もたびたびパリに滞在し、このころおそらく印象派から学んだと思われる光の表現が功を結び作品が高く評価されるようになっていきます。その後は自身の家族を題材として中流階級の日常生活を描いた作品を制作し、その情景は広く人々の共感を呼び、現在も人気の高い画家のひとりとなっています。

本作品はそんなラーションによって描かれた、二人の子どもが宿題に取り組む姿を描いた作品です。中央には大きなテーブルが置かれ、緑のテーブルクロスがかけられています。一面に彫刻が施された扉、見栄えのよい食器やランプなどが置かれており比較的裕福な家庭であることが想像できます。右端ではブロンド髪の少年が本に目を向けていますが難しい内容なのかどこか困っているように見えます。中央に描かれた少女は本をめくっているもののこちらに視線を投げかけており、そのいたずらめいた視線から宿題に身が入っていないことがわかります。

実にありふれた光景であるものの、作品全体が穏やかでそれでいて親密な雰囲気が流れており、ラーションならではの作品といえるでしょう。

■おわりに

イェーテボリ美術館はスウェーデン南西部の湾岸都市イェーテボリにある美術館であり、20世紀に活躍した画家たちの作品に加え北欧近現代美術の傑作を所蔵しています。アンデシュ・ソーンやカール・ラーションの作品はまさにイェーテボリ美術館でしか目にすることができない作品といえるでしょう。

イェーテボリはヨーテボリ・ランドヴェッテル空港に加え、中央駅に隣接するバスターミナルやスウェーデン鉄道が敷かれているということもあり比較的アクセスが良い場所にあります。スウェーデン旅行の際にはぜひ足を延ばしてみてはいかがでしょうか。

公式

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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