ヴィンタートゥール美術館:スイス第4の規模を誇る近代美術コレクションを所有する美術館

ヴィンタートゥール美術館はスイスのヴィンタートゥールにある美術館で、1916年に開館しました。フェルディナント・ホドラーやパウル・クレーなどスイス出身の芸術家の他に印象派や後期印象派の作品を所蔵していることで知られており、その近代美術コレクションの規模はスイス第4位となっています。そんなヴィンタートゥール美術館の歴史とコレクションについて詳しく解説していきます。

■ヴィンタートゥール美術館とは

ヴィンタートゥール美術館はスイスのヴィンタートゥールにある美術館で、1916年に開館しました。ヴィンタートゥールはスイス・チューリッヒ州の基礎自治体の一つで、チューリッヒの北東に位置します。人口は10万人以上とスイスで6番目の規模を誇っており、「オスカー=ラインハルト・コレクション」や写真美術館、自然科学博物館など質の高い博物館・美術館があることでも知られています。


そんなヴィンタートゥールにあるヴィンタートゥール美術館は、1848年に芸術協会が設立されたことをきっかけに創設されました。芸術協会はヴィンタートゥール市と民間の寄付によって運営され、美術館のコレクションの維持・運営を行っています。芸術協会は設立以来近代・現代美術に注目しており、印象派やポスト印象派、そして同時代のスイス出身の画家たちによって描かれた作品を収集してきました。現在そのコレクションの規模はスイス第4位となっており、近現代美術における質の高いコレクションを所蔵している美術館として世界から注目を集めています。

■ヴィンタートゥール美術館の建築

ヴィンタートゥール美術館の建築は1915年に建築家のロバート・リットマイヤーとウォルター・フラーによって設計されました。当初の建物は市の中心部に設立され、近隣には自然史博物館と公共図書館の別館も所在しています。

1995年には建築家のギゴン&ゴヤー新館が設計されました。ギゴン&ゴヤーはスイス生まれの建築家アネット・ギゴンと、アメリカ生まれの建築家マイク・ゴヤ―によって1989年にスイス、チューリッヒに設立された建築設計事務所であり、特徴のある素材や色を用いるという独特の手法で知られています。ヴィンタートゥール美術館の建築もそうしたギゴン&ゴヤーの特色が活かされたもので、ヴィンタートゥール名所の一つとして注目を集めています。

■ヴィンタートゥール美術館のコレクション

ヴィンタートゥール美術館のコレクションは芸術協会が収集してきた近現代美術の作品で構成されており、フェルディナント・ホドラーやパウル・クレーなどスイス出身の芸術家作品に加え、印象派からはクロード・モネ、アルフレッド・シスレー、後期印象派のフィンセント・ファン・ゴッホやナビ派のピエール・ボナールなど、19世紀から20世紀にかけて活躍した巨匠たちの作品を所蔵しています。またオーギュスト・ロダンやコンスタンティン・ブランクーシ、アルベルト・ジャコメッティなどの彫刻作品も充実しています。

そんなヴィンタートゥール美術館のコレクションには、どのような作品が含まれているのでしょうか。主要な作品をご紹介します。

(Public Domain /‘Boulevard Montmartre mardi gras au coucher du soleil’ by ç. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

・《謝肉祭、日没、モンマルトル大通り》 1897年 カミーユ・ピサロ

本作品は1897年に、印象派の巨匠カミーユ・ピサロによって描かれた作品です。

カミーユ・ピサロは1830年7月10日デンマーク領時代のセント・トーマス島に生まれました。12歳になるとパリ近郊のパッシーにあるサバリー・アカデミーに入学し、ドローイングやペインティングを学びます。学校長のサバリーはピサロの才能をいち早く見抜き画家になることを薦めました。しかしピサロの父は家業を継ぐことを望んでおり、ピサロは島に戻り働きながらドローイングの練習をするようになります。

その後パリに移住するとエコール・デ・ボザールやアカデミー・シェイスなどで学んだものの学校で教わる技術はピサロにとっては真新しいものではなく、この時代に台頭していたバルビゾン派の画家であるミレーやドービニー、写術主義の画家であるギュスターヴ・クールベなどの表現を学ぶようになっていきました。1860年代に集まったバティニョール派の画家たちのグループではその温厚な人柄からピサロは尊敬を集めるようになっていきます。

1870年には普仏戦争が始まりロンドンに逃れ、帰国後は1874年に仲間たちと共に印象派展を開催。ピサロはその後すべての印象派展に参加し、次世代の画家たちであるジョルジュ・スーラやフィンセント・ファン・ゴッホなどとも交流するようになっていきました。晩年は目の病気に悩まされながらも精力的に制作活動を続けました。

そんなピサロによって描かれた本作品は、パリ・モンマルトル大通りのさまざまな季節や時間を描いた14連作のうちの一つです。ピサロはバルコニーの窓からモンマルトル大通りの奥まで見渡すことができ、馬車や行き交う人々を鳥の視線で見ることができるこの風景を非常に気に入っていました。本作品で描かれているのは謝肉祭の様子であり、ピサロなりの新しいパリの側面が描き出されています。

(Public Domain /‘Weizenfeld bei Sonnenuntergang’ by Vincent van Gogh. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

・《日没:アルル近くの麦畑》 1888年 フィンセント・ファン・ゴッホ

本作品は1888年にポスト印象派の巨匠、フィンセント・ファン・ゴッホによって描かれた作品です。

ゴッホはオランダ出身のポスト印象派の画家であり、西洋美術史においてよく知られている画家のひとりです。ゴッホは中流階級の家庭に生まれアートディーラーとして働いていたもののロンドンへ移住した折にうつ病を患い、宗教に傾倒するようになってしまいます。そんなゴッホにとって救いになったのが作品を描くことでした。たった10年の間に約2100点もの風景画や静物画、肖像画などを大胆な色彩と共に描きました。

本作品は1888年6月にアルルで描かれたもので、いまにも日が沈もうとしている一瞬を描き出しています。街並みは遠くに描かれ夕焼けの色に染められていますが、画面のほとんどを占める麦畑は黄金色に輝き生命力豊かな様子を表しています。

ゴッホが本作品を描いた1888年はちょうどルノワールやクロード・モネたちが第一回印象派展を開催し、新印象派のジョルジュ・スーラやポール・シニャックたちが第8回印象派展を開催した時期でもあります。印象派の画家たちは光や時の移ろいをキャンバスに描こうとしました。本作品ではそうした印象派の手法に加えゴッホ個人の感覚により迫っており、このころからゴッホが表現を深く追求していたといえるでしょう。

■おわりに

ヴィンタートゥール美術館は近代美術のコレクションとしてはスイス第4位の規模を誇る美術館であり、スイス出身の画家たちの作品はもちろん、印象派やポスト印象派の画家たちの傑作も所蔵しています。近隣にはオスカー=ラインハルト・コレクションをはじめとした質の高い博物館・美術館もそろっており、ヴィンタートゥールは文化を学ぶにはぴったりの場所といえるでしょう。スイスを訪れた際にはぜひ足を延ばしてみてはいかがでしょうか。

公式

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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