バリ博物館:バリ島の歴史と文化が学べる博物館

バリ博物館はインドネシアのバリ島にある博物館で、1932年に開館しました。バリ島の歴史や文化についての資料が数多く展示され、伝統的な工芸品や儀式など、バリ独自の文化を学ぶことができます。そんなバリ博物館の歴史と所蔵品について詳しく解説していきます。

バリ博物館とは

バリ博物館はインドネシアのバリ島にある博物館で、1932年に開館しました。バリ州の州都であるデンパサール東部のアビアンカパスにあり、ププタン広場に隣接しています。建物の隣には、バリ島で最大級のヒンドゥー教寺院であるジャガナタ寺院があります。

デンパサールは、バリ島の玄関口であるングラ・ライ国際空港から比較的近い場所に位置します。地元の人々が多く訪れるマーケットがたくさんあり、ローカルエリアの中心地としても有名です。バリ博物館周辺には定番の観光スポットが集中しており、観光客が多く訪れる地域でもあります。

伝統的なバリの建築様式で建てられているバリ博物館は、宮殿や寺院と同じような様式が見られます。もともとはオランダ統治時代に美術品や工芸品の保管場所として用いられていましたが、1932年に博物館となりました。

バリ博物館のコレクション

バリ博物館は3棟に別れており、バリ島の歴史や文化についての資料が数多く展示されています。石器時代からの武器や焼き物、オランダとの戦いで用いられた刀や銃、木彫りの像などを鑑賞することができます。伝統的な工芸品、衣類、儀式などバリについて詳しく学ぶことができる展示が多数あり、バリ独自の文化を感じることができます。

また、館内だけではなく、石の彫刻や緻密なデザインの門など、建物にも見どころが多いです。龍や神の彫刻が門や階段など様々な場所に施されており、バリの伝統的な建築様式を見ることができます。

そんなバリ博物館のコレクションには、どのような作品が含まれているのでしょうか。主要な展示をご紹介します。

《バリ舞踊の衣装や仮面》

本展示はバリ舞踊で使用されている衣装や仮面です。

バリ島には独自の舞踊があり、地元の人々によって踊られていますが、その際に使用される衣装や仮面が展示されています。聖獣バロンや魔女ランダ、トペンなど、踊りに登場するキャラクターが展示スペースに集められており、バリ舞踊の雰囲気が感じられるコーナーです。

現在バリ島では、様々な舞踊が踊られています。例えば、聖獣バロンが登場する舞踊でバロン・ダンスというものがあります。もともとは災害などのあった村で厄払いとして踊られていたもので、聖獣バロンの人形をかぶり獅子舞のように人形を操りながら踊ります。バロンが悪の象徴となる魔女ランダと戦う様子を舞踊として成立させており、インドの叙事詩を取り入れた劇として観光客にも人気です。

トペンとはバリ島の仮面舞踊劇で使用される仮面で、仮面舞踊劇そのものを指すこともあります。バリ舞踊は「ワリ」、「ブバリ」、「バリバリアン」などに分類されますが、トペンは「ブバリ」の一つです。バリ島などに伝わる物語をもとに作られており、華やかな衣装や仮面を用いて踊られます。

多様なバリ舞踊ですが、もともとはバリのヒンドゥー教の宗教的な儀式や祭礼で用いられていました。バリ島がオランダに統治された時代に、バリ島へ入ってきたヨーロッパの人々がバリ舞踊を芸術的な面で発展させ、観光客へ見せる芸術としても変化していきました。

《クリス》

本展示はクリスという短剣で、インドネシアでは伝統的な聖剣・刀の意味で使われます。

クリスは普通の剣とは異なり、刃の部分が波打っており独特の形状をした両刃の剣です。武器としてだけでなく、特別な儀式でも使われることから、先祖代々受け継がれるものでした。柄の部分には彫刻がなされていることが多く、現在は舞踊の衣装としても用いられています。クリスの作り方に関しては写真で展示が行われており、制作の過程においても儀式が行われるようです。

クリスは歴史的に見ると、ププタンの象徴でもあります。ププタンとは、バリ島を植民地化しようと攻め込んできたオランダとの戦いで使われた言葉です。

現在の州都であるデンパサールは、もともとバドゥン王国の首都でした。しかし、1906年にオランダに侵略され、バドゥン王国の宮殿は破壊されることとなりました。この時、オランダの侵略にクリスや槍で最後まで立ち向かった者や、降参しクリスによる自決を選んだ人々が多く存在しました。オランダ軍の銃撃に臆することなく立ち向かった人々の行進のことをププタンといい、その勇気と誇りが称えられました。

ププタンの現場である場所は、デンパサールの中心地です。現在はププタン広場になっており、記念碑が建てられています。無抵抗な王族や重臣らの死によりオランダは批判を浴び、植民地化したあとはバリ島の文化を守る活動をせざるを得ない状況になったと言われています。

《寛永通宝》

本展示は日本の古銭である寛永通宝の展示です。

バリ博物館には、かつてバリで使われていた古銭や貝のお金などが展示されているコーナーがありますが、そこに日本の寛永通宝も展示されています。寛永通宝は、通貨や装飾品として東南アジアなどで流通しており、海外で発見された例が多数あります。バリ島でも17世紀頃に日本人によって持ち込まれ、通貨に混じって使用されていたとされます。交易の足跡を感じることが出来ますね。

寛永通宝は中心に正方形の穴があいた銅銭で、表面に「寛永通宝」の文字が刻印されています。江戸時代の通貨として、庶民の間に広く流通しました。製造が始まったのは1636年(寛永13年)で、明治時代頃までは一般的に使用されていたようです。また、1953年(昭和28年)に円以下の通貨が全て廃止されるまでは、法律上は使用できたとされます。幕末までに日本の各地で製造されていますが、時代によって少しずつデザインや文字が異なり、裏面に波の模様が刻印されたものもあります。

おわりに

バリ博物館は、バリ島の長い歴史の中で発展してきた独自の文化に触れることができる博物館です。バリ島を訪れる機会があれば、リゾートだけでなく、このような博物館にもぜひ足を延ばしてみてはいかがでしょうか。

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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