クンステンミュージアムオブモダンアートオールボー:国内外の作品約4,000点をコレクションし、世界的に注目を集める現代美術館

クンステンミュージアムオブモダンアートオールボーは、デンマーク・オールボーの美術館です。デンマーク国内の近代芸術作品はもちろん、海外作品も多くコレクションしており、現代美術館として世界的に注目を集めています。そんなクンステンミュージアムオブモダンアートオールボーの歴史と所蔵品について、詳しく解説していきます。

クンステンミュージアムオブモダンアートオールボーとは

クンステンミュージアムオブモダンアートオールボーは、デンマークのオールボーにある美術館で、1972年に開館しました。

美術館の歴史は、1870年代にオールボー芸術協会がオールボー博物館を開館したことからスタートします。その後オールボー博物館が歴史博物館となったため、芸術作品を展示する美術館を新たに建設する計画が立ち上がりました。

1950年代に始まった新美術館プロジェクトでは、1957年に行った公募で設計士を決定しました。設計を行ったのはフィンランド人建築家のアルヴァ、アルト・妻のエリッサ、アルヴァの友人ジャンのグループです。

しかし、財政不足から建設許可が下りなかったため、「北ユトランド美術館」に名称変更することで地域貢献を訴えました。その結果許可が下り、1972年に317トンもの大理石を使用した美しい美術館が完成します。2008年には現在の名称に変更されました。そして、2014年から大規模改装工事が行われ、2016年にリニューアルオープンを果たします。

現在、美術館の敷地内には展示室やワークショップスペースをはじめ、屋外の彫刻公園・カフェ・図書館・ギャラリーショップなども併設されており、多様な楽しみ方を提案しています。

クンステンミュージアムオブモダンアートオールボーの所蔵品

(Public Domain /‘Primavera’by Harald Slott-Møller. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

クンステンミュージアムオブモダンアートオールボーでは、19世紀から現代にかけてのデンマーク芸術家の作品と国外アーティストの作品をコレクションしています。

約4,000点のコレクションの中から定期的に展示物が変更され、特別展やコンサート・家族向けワークショップ・ガイド付きツアーなど常に新しい発見に出会える工夫が行われています。

そんなクンステンミュージアムオブモダンアートオールボーのコレクションには、どのような作品が含まれているのでしょうか。主要な作品をご紹介します。

《おしゃべり後の二人の女性》1890年J.F.ウィルムセン

本作品は1890年にデンマークの近代芸術家・J.F.ウィルムセンによって制作されました。

(Public Domain /‘JF Willumsen Hver8Dag 1900’by Unknown author. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

J.F.ウィルムセンは1863年、デンマークのコペンハーゲンで生まれました。1881年からはデンマーク王立芸術アカデミーで学び、並行してコペンハーゲン工科大学で建築を専攻しています。卒業後は1900年まで磁器ブランドであるビングオーグレンダールの芸術監督を務め、その後ヨーロッパ各地をまわり1916年からフランスに定住しました。ウィルムセンは人生のほとんどをフランスで過ごし、1958年にカンヌで亡くなりました。

ウィルムセンは絵画で有名ですが、彫刻、建築、陶芸、写真など様々な表現方法で作品を残しています。初期作品は自然主義的な絵画が中心でしたが、次第に変化しフランスの象徴主義の影響を受けるようになりました。

本作品のモチーフは、道ですれ違いざまに声をかけ合う二人の女性です。一人は子供を抱いていて、もう一人は料理の入った器を持っています。斜めの構図に二人を配置することでスピード感を表現しており、彼女たちの生活の慌ただしさが想起できます。

《ディダスカI》1945年アスガー・ヨルン

本作品は1945年に制作された作品で、前衛芸術運動コブラの中心人物であるアスガー・ヨルンが描きました。

アスガー・ヨルンは1914年にデンマークのヴァイラムで生まれました。16歳の頃には絵を描き始めていましたが、教師になるために大学に通います。卒業後にはデンマーク共産党の支部に加わっていました。

1936年になると、画家・評論家のカンディンスキーに師事するためにパリを訪れます。しかしその目的は実現しなかったため、ポップアートの先駆者フェルナン・レジェの現代美術学校に入学し、ギャラリーで個展やグループ展に積極的に出品しました。1937年からはデンマークに戻り、デンマーク王立芸術アカデミーでさらに学びを深めています。

第二次世界大戦中デンマークはナチスドイツに占領されましたが、ヨルンはアートグループの結成・雑誌ヘルヘステンへの寄稿など表現活動を続けました。戦後の1948年になると前衛芸術運動コブラを設立し、絵画・コラージュ・版画・陶器・イラストなど幅広い表現活動を行います。

晩年には初めてアメリカで個展を行い、北欧民俗芸術の研究のために各地を旅しながら油絵を制作していました。1973年にはデンマーク・オーフスで亡くなり、現在はスウェーデン・ゴットランド島の墓地に眠っています。

本作品は1945年に描かれましたが、その後参加するコブラ芸術の特徴である原始的な創造性を感じられる作品です。ヨルンのエネルギーをぶつけるように、赤い髪・青い目をもつ女性の顔が描かれています。

《ヴィーナス》1973年ミケランジェロ・ピストレット

本作品は、1973年にイタリアの芸術運動アルテ・ポヴェーラの代表的な芸術家ミケランジェロ・ピストレットが制作しました。

ミケランジェロ・ピストレットは1933年にイタリアのビエッラで生まれました。1947年から父親の経営する絵画修復工房で働き始めると、自画像を描くようになります。サンマリノビエンナーレへの参加・個展開催など精力的に活動するなかで、絵画と写真の組み合わせ・スクリーン印刷を用いた表現を編み出しました。その後も彫刻・パフォーマンス・演劇・ビデオアートなど様々な作品を作り続けますが、1974年に一度芸術界を去り、スキーインストラクターとして活動します。復帰したのは1970年代終盤で、彫刻や演劇プロジェクトを手掛けています。

1960年代にピストレットが参加したアルテ・ポヴェーラには「貧しい芸術」という意味があります。鉄・石・布・廃材といった質素な素材や、土・植物など自然物を扱うのが特徴です。

本作品は鏡を使用した「ミラーペインティング」シリーズの1つで、アルテ・ポヴェーラの代表的な作品です。ピストレットは1962年から鏡に絵を描くようになり、写真・コラージュの背景と組み合わせていきました。鑑賞者や周囲の風景が鏡に映り込むことで、常に新しい表情を見せてくれます。

おわりに

クンステンミュージアムオブモダンアートオールボーでは、19世紀以降に活躍した作家の現代アート作品を鑑賞することができます。カフェや屋外の彫刻公園など休憩スペースも多いので、ゆったりと芸術空間を楽しむのがおすすめです。

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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