トルコ・イスラム美術博物館:トルコ・イスラムの伝統と歴史を伝える博物館

トルコ・イスラム美術博物館はイスタンブールにあるトルコ初の博物館です。トルコとイスラムに関連する豊富な芸術作品をコレクションしており、なかでも絨毯コレクションの充実度が有名です。建物は15世紀後半の宮殿が使用されており、建築物としても見応えがあります。そんなトルコ・イスラム美術博物館の歴史と所蔵品について、詳しく解説していきます。

トルコ・イスラム美術博物館とは

トルコ・イスラム美術博物館はトルコ・イスタンブールのファティ地区にある博物館で、1913年に設立されました。トルコとイスラムの資料を保管するトルコ初の博物館としても知られています。

当初は、建築家ミマール・スィナンが設計したスレイマニエ・モスクの複合施設内にあり、「イスラム基金博物館」の名前で一般公開されていました。

70年ほどたった頃に博物館の移転計画が持ち上がり1983年に現在の建物で再オープンします。この建物はスルタンアフメット広場の西側にあり、もともとはスレイマン大帝時代の大宰相イブラヒム・パシャの邸宅でした。

(Public Domain /‘Pargalı İbrahim Paşa’by Frankfurt. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

大宰相イブラヒム・パシャは元奴隷でしたが、幼い頃からスレイマン大帝と共に育った親しい友人でもありました。教育を受ける機会を得たイブラヒムは博学者となり、スレイマン大帝の右腕としてオスマン帝国の軍事・外交分野で大きな功績を残します。そして、スレイマン大帝の妹と結婚し、王家の一員となったイブラヒムの地位は安泰だと思われました。

しかし、1536年にスレイマン大帝の命令でイブラヒムは処刑されました。この処刑にはイブラヒムの能力に嫉妬した者の策略であると言われたり、スレイマン大帝の皇后が暗躍したと言われたり、諸説あります。また、晩年になりスレイマン大帝は彼の処刑を後悔する詩を残しています。

そんなイブラヒムが建てたイブラヒム・パシャ宮殿は15世紀に建設されたもので、現存する最も古い個人宮殿です。当時のオスマン建築を現在に伝える貴重な建築物として、注目を集めています。近年では2012年に大規模な復元工事が行われ、開館100周年である2014年にリニューアルオープンを果たしました。

トルコ・イスラム美術博物館の所蔵品

(Public Domain /‘Pargalı İbrahim Paşa’by Frankfurt. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

トルコ・イスラム美術博物館のコレクションは、19世紀までのトルコとイスラム圏の伝統的な美術品が中心です。

展示品は巨大なモスクや神殿の一部・香炉やボウルのような工芸品・金属やセラミックの芸術作品などバラエティに富んでおり、文化が発達する変遷を知ることができます。

なかでも注目なのが、手書きの本などを扱う民族誌のセレクションと、手織り絨毯のセレクションです。13世紀〜20世紀に作られた数多くの絨毯が大ホールで展示されており、見る者を圧倒します。

そんなトルコ・イスラム美術博物館のコレクションには、どのような作品が含まれているのでしょうか。主要な作品をご紹介します。

《ロトカーペット》16世紀頃作者不明

本作品は16世紀頃にアナトリア半島西側の都市ウシャクで生産されました。

ロトカーペットとは、16世紀~17世紀頃に作られていた手織りのカーペットです。主にエーゲ海沿岸のアナトリア地方とトルコで生産されていましたが、その後イタリア・スペイン・イギリスなどヨーロッパの各地に広まりました。

ロトカーペットはパターン化された絵柄が特徴です。赤色をベースに黄色の装飾が描かれ、そのまわりを青色の葉飾り(アラベスク)が彩っていました。

(Public Domain /‘The Alms ofSt. Anthony’by Lorenzo Lotto. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

ロトカーペットという名前は、16世紀のベネチア画家であるロレンツォ・ロトが油絵「聖アントニウスの施し」で、この絵柄のカーペットを描いたことに由来しています。さらにルネサンス期の画家セバスティアーノ・デル・ピオンボも「バンディネッロサウリ枢機卿」でこのカーペットを描くなど、当時のポピュラーなカーペットであったことが分かります。

本作品は大ホールの壁に広げて展示されているので、装飾の細部までじっくり鑑賞するのがおすすめです。また、他の時代に生産された絨毯も展示されているので、時代ごとに絵柄の違いを見比べてみるとさらに楽しむことができます。

《預言者ムハンマドの髭》

本展示品はムハンマドが生前に生やしていた髭です。

ムハンマドはイスラム教の創始者であり預言者でした。メッカの裕福な商人の息子として生まれたムハンマドでしたが、幼少期に家は没落し、親戚に育てられました。未亡人であったハディージャと結婚すると子どもにも恵まれ、幸せに生活していたと伝えられています。

転機となったのは40歳。アッラーの啓示を受け、その教えを人々に広める活動を開始します。妻は最初のイスラム教信者となり、さらに信者と集めようとしますが迫害を受けムハンマドたちはメッカを追われました。そして、メディーナの地で教団の基礎ができると、ムハンマド率いる教団はメッカを手に入れるための戦いを繰り返します。630年にメッカを征服すると、カーバ神殿にあったフバル神像を破壊しイスラムの神殿にしました。その後アラブ各地の諸部族がイスラムに帰依したといいます。

本展示品は、ムハンマドのアーサーレ・シャリーフ(聖遺物)です。アーサーレ・シャリーフとは、アーサールとシャリーフの2つの単語が組み合わさった言葉です。アーサール(聖遺物)とは、イスラムの聖者の毛髪・ヒゲ・歯・足跡といった遺品や痕跡のことを指します。そして、シャリーフとはアラビア語で「高貴な方」という意味があり、預言者であるムハンマドのことを表しています。当時のイスラム教徒には、アーサールをお守りや副葬品として身に付け崇拝する習慣がありました。

《スルタン(オスマン帝国の皇帝)のフェルマーン》16世紀

本展示品は、16世紀頃に描かれたスルタン(オスマン帝国の皇帝)のフェルマーンです。

フェルマーンとは、イスラム王朝の発行する勅令・命令・お触書のことで、それが記された書類・勅書という意味もあります。フェルマーンを使用していた主な国には、トルコのオスマン帝国・インドのムガル帝国・イランのパフレヴィー朝などがあります。

本展示品をはじめ、オスマン帝国のフェルマーンの特徴は、使用された紙に描かれている挿絵の美しさです。鮮やかな色彩で草花や模様が描かれており、他国のフェルマーンと比べるとデザイン性が高いことがよく分かります。

おわりに

トルコ・イスラム美術博物館はイスタンブールにある博物館で、トルコとイスラムの伝統を引き継ぐ美術品が多数所蔵されています。また、当時の人々の暮らしぶりが学べる工芸品も多く、歴史に興味がある方にもおすすめです。

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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