トゥルネー美術館:美術収集家アンリ・ヴァン・カッツェムのコレクションを中心に展示する美術館

トゥルネー美術館はベルギー・トゥルネーにある美術館です。同国の美術収集家アンリ・ヴァン・カッツェムからの寄贈品をもとに設立されており、19世紀から現代にかけての絵画・彫刻を多く展示しています。そんなトゥルネー美術館の歴史と所蔵品について、詳しく解説していきます。

トゥルネー美術館とは

トゥルネー美術館はベルギー・トゥルネーにある美術館で、1928年に開館しました。

1904年頃、ベルギーの美術収集家アンリ・ヴァン・カッツェムは「友人の建築家ヴィクトール・オルタによる博物館を建築すること」を条件にコレクションをトゥルネーの街に寄贈しました。オルタは1907年から設計を始め、1912年には旧サンマルタン修道院の跡地で建設が始まります。しかし、第一次世界大戦が勃発したため建設は遅れ、最終的に完成したのは1928年のことでした。

(Public Domain /‘Victor Horta (cropped)’by Gustave Deltour. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

オルタはアール・ヌーヴォー様式を代表する建築家でしたが、何度も建設が中断されるなかでアール・デコ様式の設計に変更しました。真上から見るとカメの形をした、インパクトの強いデザインが特徴です。また、セキュリティが重視されていたり差し込む日光の角度が計算されていたりと、現代の美術館設計にも繋がる要素を多くもっている美術館です。

トゥルネー美術館の所蔵品

トゥルネー美術館のコレクションはベルギーの美術収集家アンリ・ヴァン・カッツェムが寄贈した作品が中心で、19世紀フランスの有名画家の作品も含まれています。

主に絵画・彫刻で構成されたコレクションでは、ベルギー・フランドル地方で生まれたフランドル芸術から現代アート作品まで、幅広い作品を鑑賞することができます。また、エドゥアール・マネの作品をベルギーで唯一所蔵していることでも有名です。

そんなトゥルネー美術館のコレクションには、どのような作品が含まれているのでしょうか。主要な作品をご紹介します。

《アルジャントゥイユ》1874年エドゥアール・マネ

(Public Domain /‘Argenteuil’by Édouard Manet. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

本作品は1874年に制作された作品で、近代絵画の変革者と呼ばれるエドゥアール・マネが描きました。

エドゥアール・マネは1832年にフランス・パリの裕福な家庭で生まれました。幼少期から叔父に芸術を学んでおり、ルーブル美術館にもよく訪れていたといいます。父の勧めで海軍の入隊試験に挑戦しますが2度失敗し、芸術の道に進むこととなりました。

修行時代は歴史画家トマ・クチュールに師事する一方で、ルーブル美術館やヨーロッパ各地を訪れ、名作の模写を行っていました。そして、1856年には自身のアトリエを開きます。1859年には『アブサンを飲む男』で初めてサロンへ出品しますが、落選。しかしこの作品は、フランス・ロマン主義の巨匠ドラクロワや詩人ボードレールらからの高い評価を得ます。

(Public Domain /‘The Luncheon on the Grass’by Édouard Manet. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

サロン落選作品を集めた1863年の展覧会で、マネは大注目を集めます。裸の女性と着衣の男性を描いた『草上の昼食』が、大きな非難を浴びたのです。1865年のサロンにおいても、出品した『オランピア』で娼婦を描いていたため、再び美術界の大きなスキャンダルとなりました。

普仏戦争後は、マネに影響を受けた若手画家たちが印象派として展覧会を開く一方で、マネ自身はサロンへの出品にこだわり続けます。しかし、病に倒れ1883年に51歳で亡くなりました。死後に作品の評価は高まり、美術市場での評価額も上位に名を連ねています。

マネの作品からはスペイン・ヴェネツィア派の影響を感じ取れますが、平面を強調した画面構成・明るい色彩は印象派が生まれるきっかけになったと言われています。また、マネを慕って集まっていたクロード・モネ、ルノワールらと共にバティニョール派と呼ばれることもありました。

本作品は、マネがクロード・モネの住んでいたアルジャントュイユを訪れたときに描かれました。男性はマネの義理の兄弟・ルドルフ・リーンホフがモデルだと考えられていますが、女性のモデルは不明です。鮮やかな色彩と平面的な表現が特徴ですが、サロン出品の際には良い評価は得られませんでした。

《聖体拝領》1875年ジュール・バスティアン=ルパージュ

(Public Domain /‘La Communiante’by Jules Bastien-Lepage. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

本作品は1875年に制作された作品で、自然主義初期の画家ジュール・バスティアン=ルパージュによって描かれました。

ルパージュは1848年、フランス・ムーズ県のダンヴィエ村で生まれました。父親は農家として働いていましたが、芸術家としての顔も持ち、幼少期から絵が好きだったルパージュの最初の師匠となります。その後、学校に通い始めると教師から美術学校への進学を勧められました。

1867年にルパージュはパリのエコール・デ・ボザールを受験しますが、不合格となり予備校で絵画の勉強に励みます。予備校時代の講師は、フランスの肖像画家として有名なアレクサンドル・カバネルでした。翌年の受験では無事入学しますが、あまり学校には通わず黙々と制作に没頭していたと伝えられています。

(Public Domain /‘October’by Jules Bastien-Lepage. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

エコール・デ・ボザールを卒業したルパージュは、1870年に普仏戦争にて従軍し、傷を負いました。戦後は実家に戻って傷を癒しながら、村の人々の生活をキャンバスに描き始めます。ルパージュが画家として認められたのは1874年頃からで、実家で描いた祖父の肖像画が高い評価を受けました。しかし、ローマ賞で優勝できなかったことをきっかけに、田舎暮らしを決意します。農村を描いた絵画は注目を集めますが、病気により1884年に36歳という若さで永眠しました。

本作品は、ルパージュがローマ賞を目指し、精力的に制作を行った時期に描かれたものです。カトリック教会のミサにおける聖体拝領に参加する少女をモチーフとしています。白一色の衣装を繊細なタッチで表現し、細かなレース・生地の違いを描き分けているのが特徴です。

《リー・ベル・カバ》2009年トム・フランツェン

本作品は2009年に現代美術家トム・フランツェンが制作した彫刻作品です。

トム・フランツェンは1954年にベルギーのブリュッセルで生まれました。ブリュッセルの芸術学校で彫刻を学ぶと、1977年には鋳造工場を設立して多くの作品を生み出すようになります。

「現代フランドルのファンタスティック芸術家」と自ら名乗るトム・フランツェンの作品は、人間の行動を風刺的に描くことが主なテーマです。活動の中心は公園・広場・修道院・港・道などの公共の場で、行き交う人々と作品によって心を通わせるという目的があります。

また、1997年からはテルビュレン市で彫刻公園を作り、人間や動物たちの彫刻を配置してシュールな世界を作り上げました。美しい自然と人工的なブロンズ像によって、穏やかな日常の素晴らしさと人間の愚かさが浮かび上がります。

本作品は、空を飛ぶカバというユニークな彫刻作品です。カバの大きさはほぼ実寸大であるにも関わらず、トンボの羽で軽やかに舞い上がっていて重みを感じさせません。現実的には不可能な事象を彫刻にすることで、夢をもつことの重要さを問いかけています。

おわりに

トゥルネー美術館は19世紀フランスの印象派画家の作品から現代アーティストの独創的な作品まで、数多くのコレクションを所蔵しています。

公式サイト

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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