ブダペスト国立西洋美術館:建国1000年を記念して開館した美術館

ブダペスト国立西洋美術館はハンガリーにある美術館で、1906年に設立されました。古代エジプトから19世紀以降の西洋絵画や彫刻を所蔵しており、特に13世紀から18世紀までの西洋絵画のコレクションには定評があります。そんなブダペスト国立西洋美術館の歴史とコレクションについて詳しく解説していきます。

■ブダペスト国立西洋美術館とは

ブダペスト国立西洋美術館はハンガリーの首都ブダペストにある美術館です。ハンガリー建国1000年を記念して1906年に設立され、開館式には国王フランツ・ヨーゼフが出席し、大々的なオープンを飾りました。

ブダペスト国立西洋美術館のある首都ブダペストは1873年にドナウ川の西のブダとオーブダ、そして東側のペストが合併してできた都市であり、ハンガリーの政治や文化、商業、産業などの一大中心地です。古くは1世紀ごろにケルト人によって築かれた集落によって始まったとされていますが、モンゴルやオスマン帝国の侵略を受けることも多く、ブダペストはたびたび敗北していました。その後1918年にオーストリア=ハンガリー帝国が戦争によって解体されるとハンガリー王国として独立することになり、1949年には共産主義の人民共和国として独立を宣言しました。

■ブダペスト国立西洋美術館のコレクション

ブダペスト国立西洋美術館のコレクションはハンガリーで有名な貴族エステルハージ家の所蔵していたコレクションが元となります。13世紀から18世紀までの西洋絵画コレクションを基軸に、古代エジプトから19世紀以降の西洋絵画や彫刻を所蔵している美術館です。

エステルハージ家はハンガリー王国の北にあるガランタのジェントリであり、歴代の公爵たちはカトリック教会とハプスブルグ家に忠誠を誓ったことで富を蓄えていきました。また、芸術家を支援していたことでも知られ、交響曲の父として有名なフランツ・ヨーゼフ・ハイドンはエステルハージ家の楽長として従えていたといいます。そんなエステルハージ家によって収集された絵画コレクションは、非常に高い水準を誇っているのです。

そんなブダペスト国立西洋美術館のコレクションには、どのような作品が含まれているのでしょうか。主要な作品をご紹介します。

・《エステルハージの聖母》

(Public Domain/‘Esterhazy Madonna’ by Raphael. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

本作品は1508年に、ルネサンスの三大巨匠の一人ラファエロによって描かれました。

(Public Domain/‘Self-portrait’ by Raphael. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

ラファエロは1483年に中央イタリアの都市国家ウルビーノ公国で生まれました。ラファエロの修業時代については資料が少なく、明らかになっている点が少ないものの、芸術家列伝を著したジョルジョ・ヴァザーリによるとウンブリア派の画家ペルジーノの工房に弟子入りしたといわれています。1501年に親方として登録すると、礼拝堂や各地の教会から依頼を受けるようになり、その後ローマに落ち着くまで北イタリアのさまざまな主要都市で依頼を受けては制作を行っていました。

またラファエロは経営者や教育者としてもすぐれており、50人近くに及ぶ弟子や助手が働く工房を運営していました。ルネサンス中期に活躍した画家ジュリオ・ロマーノはこの工房の出身であり、その後大きく貢献したといいます。

これまで数々の傑作を生みだしてきたラファエロでしたが、1520年4月6日にわずか37歳で生涯を閉じることになってしまいます。直接的な死因は分かっていないものの、15日間闘病したのちに亡くなり、その遺体はローマのパンテオンに埋葬されました。

そんなラファエロによって制作された《エステルハージの聖母》は、聖母マリアと幼子イエスそして洗礼者ヨハネを描いた作品です。マリアはあどけない少女の姿で描かれ、その膝に乗るイエスは赤ん坊でありながら思慮深い眼差しでハープのような楽器を手にしたヨハネを指さしています。

本作品はラファエロが25歳の時に描かれたものであり、未完成であるといいます。もともとは教皇クレメンス11世からハプスブルグ家に贈られた作品でしたが、その後エステルハージ家の所蔵となりました。1983年11月5日に盗難事件に会い、ギリシアの修道院で発見されています。

・《オリーブ山のキリスト》

本作品はマニエリスムの巨匠エル・グレコによって、1610年から1612年ごろに制作されたと考えられています。

エル・グレコは1541年ヴェネツィア共和国の支配下にあったクレタ島に生まれました。1567年になると発明家であり画家のジュリオ・クローヴィオの推薦を受けてヴェネツィアに渡り、スペイン人聖職者や人文主義者などが出入りしていたアレッサンドロ・ファルネーゼ枢機卿のサークルと交流を持つようになります。このことがきっかけとして1577年にはスペイン、マドリードを目指すことになり、グレコにとって大きな転換点となりました。

スペインではなかなか評価を受けなかったものの、グレコは徐々に工房を大きくしていき、修道院や礼拝堂の祭壇衝立の一括制作を引き受けるようになりました。そうして1614年4月7日にその生涯を閉じています。

出典:エル・グレコ-Wikipedia2021年1月12日閲覧

本作品はキリストが最後の晩餐の後、弟子のペトロとヤコブ、ヨハネの3人を連れてゲッセマネのオリーブ山に登り、父なる神に災いを退けるように祈りをささげたといわれる一説を描いたものです。近景には眠りこける3人の弟子たちの姿が描かれており、中央には神への祈りをささげるキリストと、その元を訪れる天使、そしてキリストを捕えるためにやってきたローマ軍が右端に描かれています。

後期マニエリスムの特長として極端に引き延ばされた人体があげられますが、本作品でもその傾向を見て取ることができ、しかしその効果によってキリストのもとに天使が訪れるという神秘的な画面とローマ軍が差し迫る緊迫感がうまく画面に表現されています。

■おわりに

ブダペスト国立西洋美術館はハンガリー建国1000年を記念して開館した美術館であり、古代エジプトから19世紀以降にいたるまで幅広い時代と分野の作品を所蔵しています。特にハンガリーの貴族エステルハージ家のコレクションを中核としていることから、ハンガリーの歴史に由来する作品も数多く所蔵されており、ハンガリーの歴史を学ぶにはもってこいの美術館であるといえるでしょう。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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