サクプ・サバンジュ美術館:世界的な芸術をトルコに浸透させた美術館

サクプ・サバンジュ美術館はトルコのイスタンブールにある美術館で、2002年に開館しました。トルコの有名財閥サバンジュ家のコレクションによる、オスマントルコ帝国時代のアラビア語書道やトルコ人画家たち、絵画作品などの常設展をはじめ、国外の有名アーティストによる特別展も多く開催しています。サバンジュ家が邸宅として住んでいた時期の豪華なインテリアをファミリールームエリアとして鑑賞ができることも特徴の一つとなっています。そんなサクプ・サバンジュ美術館の歴史と所蔵品について詳しく解説していきます。

■サクプ・サバンジュ美術館とは

イスタンブールにある美術館です。トルコのビジネス界で著名であったサバンジュ家のサクプ・サバンジュによるコレクションを展示したのが始まりで、2002年に開館しました。美術館の建物はイタリア人建築家によって建てられた歴史あるものです。

その後1864年にフランス人彫刻家によって作られた馬の像が敷地内に置かれたことで、「馬の邸宅」として知られるようになり、1951年にサバンジュ家が夏の別荘として購入しました。現在、建物の1階は邸宅であった当時に使用されていたオリジナルの家具がそのまま保存されており、豪華なファミリールームエリアとして鑑賞することができます。

美術館のコレクションは、父親が収集した置物や金属細工、磁器、家具などの装飾芸術作品を拡大させたものです。カリグラフィーをはじめ、トルコ人画家たちの絵画など多彩な品々が展示されています。また、美術館は2005年に、ピカソやモネ、ミロなど、これまでにはない世界中の有名な作品を扱う特別展を行うようになったことにより、トルコ人たちの芸術に対する関心を広く集めるようになりました。

■サキプ・サバンジュ美術館の所蔵品

サキプ・サバンジュ美術館の常設展で特に有名なのは約400点からなるアラビア語書道のコレクションです。これらは著名な書家たちによって書かれた芸術作品で、神の言葉であるコーランの写本や祈りの本などを中心に構成されています。コーランの詩や格言、詩のページをまとめたアルバム、壁にかけられた絵画のような大きなパネルなどが豊富にそろい、さらにサンゴや象牙、亀の甲羅などで作られた書道用具も紹介されています。

絵画作品では、オスマントルコ帝国末にトルコに訪れた欧米の印象派画家たちによる作品や、西欧の技法を学んだトルコ人画家たちによる作品が展示されています。特に、トルコを代表するオスマン・ハムディ・ベイの作品は有名です。

そんなサクプ・サバンジュ美術館のコレクションには、どのような作品が含まれているのでしょうか。主要な作品をご紹介します。

※アラビア語書道イメージ画

《アラビア語書道》

常設コレクションでは、アラビア語書道が展示されています。コーラン写本やスルタン(イスラム王朝の君王の称号)の勅令、手紙、当時使われていた書道用具などがあり、これらは質が良く、大変貴重なものとされています。

コーランとはイスラム教の聖典のことで、アッラーの神の言葉そのものとされています。アラビア語書道はそれを正しく美しく書くことを目的に発展しており、コーランとより深く結びついています。

イブン・ムクラはアラビア語書道の創始者といわれている人物です。彼はアッバース朝時代(中央アジア、西アジア、北アフリカを支配したイスラム王朝)の大臣を務めていました。アラビア語書道にとって重要な六書体の「ナスヒー書体、ムハッカク書体、ライハーニー書体、リカーウ書体、タウキーウ書体、スルス書体」を確立させました。その後、書道家のイブン・バッワーブによってより洗練され、益々発展を遂げていきます。

イスラム教にとって唯一の信仰対象は神であり、その他の崇拝は禁止されています。そのため、アラビア語でコーランの書写を行う仕事は、とても重宝されました。そのような背景により優れた書家が輩出され、発展していく結果となりました。オスマントルコ帝国時代(1299年~1922年)にもっとも盛んになり、イスタンブールを中心として多くの書家たちが活動しました。この頃の活動がアラビア語書道の礎を築き、それらが現代まで伝えられているのです。イスラム教が各地に広がっていくと、地域や年代によって様々な書体が現れるようになりました。近年では、書道をモチーフにしたアート作品も増えてきており、多くの場でアラビア語書道によるデザインを見られるようになってきました。

(Public Domain /‘Naile Hanım Portresi’by Osman Hamdi Bey. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

《レディネイル》1910年オスマン・ハムディ・ベイ

本作品は1910年に制作された油絵作品で、オスマン帝国の行政官であり、考古学者、画家、作家であったトルコ人オスマン・ハムディ・ベイによって描かれています。

オスマン帝国の大宰相(最上位の官位)を務めていたイブラヒム・エテム・パシャを父親に持つオスマン・ハムディ・ベイは、1842年にトルコのイスタンブールで生まれました。ベシクタシュで人気の高い小学校を卒業し、イスタンブール、続いてパリにて法律を学びました。次第に絵画に興味を持ち、画家になることを志すようになります。彼はフランスのオリエンタリズム画家ジャン=レオン・ジェロームとギュスターヴ・ブーランジェのもとで修業を積み、1867年のパリ万国博覧会では3枚の絵画作品を発表しています。パリ滞在中に最初の妻となるフランス人女性マリーと出会い、1869年にイスタンブールに戻った後に彼女と結婚しています。翌年オスマン帝国における官僚機関の上層部に任命され、仕事に邁進していくことになります。

1881年、オスマン・ハムディは帝国博物館の館長に就任。これが重要な第一歩となります。館長として博物館を発展させるとともに、古物に関する法律の改訂や国家支援による考古学探険を創始しました。さらにペンシルベニア大学をはじめとした国際的機構との関係を築いていき、1894年には栄誉学位を取得しています。その後1882年に芸術アカデミーを設立し、その長として就任すると、オスマン人が帝国外へ出ることなく芸術の鍛錬を行える手段を提供していったのです。

その後博物館長、芸術アカデミーの長と並行しながら絵画の作成を続けていき、1910年に生涯の幕を閉じました。

■おわりに

サクプ・サバンジュ美術館では邸宅であった当時の豪華なインテリアとトルコならではの展示作品を鑑賞することができます。また、ボスポラス海峡の絶景を見わたせるレストランや緑豊かな庭も楽しむことができる贅沢なスポットにもなっています。

公式ホームページ

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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