スハルト博物館:インドネシア第2代大統領スハルトの功績を称える博物館

スハルト博物館はインドネシア・ジョグジャカルタ市にあります。インドネシアに安定と発展の基礎をもたらした第2代大統領スハルトの記念館で、これからのインドネシアを担う若者たちへの教育の場としても機能しています。また、学生だけでなくスハルト政権時代を懐かしむ人々が多く訪れ賑わいのある博物館です。そんなスハルト博物館の歴史と所蔵品について詳しく解説していきます。

■スハルト博物館とは

スハルト博物館はインドネシアのジョグジャカルタ市にあり、インドネシア第2代大統領であるスハルトを称えるための記念博物館です。大統領の誕生日でもある2013年6月8日に設立しました。

設立者は大統領の弟であるプロボステッドジョです。インドネシアを先進的な国家へ押し上げ大統領の功績を若い世代へ伝えるために当博物館を建設しました。現在、多くの学生が社会見学で訪れ、インドネシアの歴史、大統領が行った政治を学んでいます。

建物はジャワの伝統建築様式であるジョグロの平屋で、大統領の生家跡地に建てられました。生家は残っていませんが、当時使用されていた井戸は現在も見ることができます。広大な敷地内には資料映像を見るためのホールや図書館も併設しています。また、周辺の民家の軒先ではスハルト大統領のTシャツを販売する風景もお馴染みです。

■インドネシア第2代大統領スハルトとは

当博物館で紹介されているインドネシア第2代大統領スハルトとはいったいどんな人物なのでしょうか。

1921年にジャワの農村で生まれました。やがて叔母に育てられるようになり、学校に通いながら農業を手伝います。
1940年代に入ると軍事学校に入学し、軍人としてのキャリアを重ねていきます。インドネシア独立戦争では中佐のランクの大隊指揮官まで出世し、独立後も数々の任務を遂行し陸軍少将まで昇進しました。

1965年に起こった9.30事件では軍事クーデターの鎮圧に成功し、スカルノ大統領から秩序回復のための一切の権限を与えられます。この権限によりインドネシア共産党を解散させ、スカルノ大統領から政権を奪いました。1967年に大統領代行に就任し、翌年の1968年には自らが第2代大統領となります。

大統領就任後は、外国資本を積極的に取り入れインドネシア発展の基礎を築きます。経済の安定・インフラの進歩は「新秩序」と呼ばれました。教育分野への取り組みも熱心で、子どもへの義務教育プロジェクトを推進しました。その一方で、陸軍への影響力も保っており長年に渡り独裁体制を敷く結果になります。

その後、急速に発展していくなかで経済格差はどんどん広がり、人々の不満が溜まっていきました。独裁への疑問の声が挙がるようになると、政治腐敗・汚職が報じられるようになります。1997年に起こったアジア金融危機がひきがねとなり、民主化運動を鎮静化させるために辞任せざるを得ませんでした。辞任後には、汚職の疑いのある事項について複数の裁判が行われました。

■スハルト博物館の所蔵品

スハルト博物館では、スハルト大統領の偉業をたたえる記念碑や遺物を所蔵しています。

そんな博物館のコレクションには、どのような作品が含まれているのでしょうか。主要な作品をご紹介します。

《スハルト大統領の銅像》制作年不明エディ・スナルソ

本作品は、インドネシアを代表する彫刻家であるエディ・スナルソが制作しました。

エディ・スナルソは、1932年7月2日にインドネシア・ジャワ州で生まれました。インドネシア独立戦争中の1942年に、スナルソはバンドンでオランダ軍の捕虜となります。オランダ王立東インド諸島陸軍刑務所で拘留中に絵画と彫刻を習いました。

1949年に解放されると、インドネシア美術大学やインドのヴィスバ・バラティ・ロビンドラナト・タゴール大学で美術学を専攻しました。1956年にはイギリスで開催された国際競技会に参加。「未知の政治犯」で2位を受賞し、スカルノ大統領らインドネシア政府から注目を浴びることになります。

※歓迎の塔

その後、1962年開催のアジア競技大会に合わせて、「アジア各国から集まるアスリートを歓迎するモニュメントを作ってほしい」との依頼をうけ、1959年に完成した「歓迎の塔」は現在ジャカルタの重要なランドマークとなっています。また、イリアンジャヤ解放の像やディルガンタラ像もスナルソの代表作として知られています。

本作品は軍服を着たスハルトの全身像で、来場者を出迎えるように博物館の入り口に設置され、観光客の記念撮影スポットにぴったりです。

《9.30事件に関する展示》

本展示はインドネシアで起こったクーデター事件がテーマになっています。

1965年9月30日、共産党系のウントゥン・ビン・シャムスリ中佐率いる部隊が、反スカルノ大統領派の陸軍高級将校6人を殺害します。決起部隊は国営のラジオ局を占拠し9月30日運動司令部と名乗り行動したのですが、スハルト陸軍少将の掃討作戦により鎮圧されることになります。

当時のインドネシア国内は国軍と共和党の争いや、スカルノ大統領の政策失敗により混乱を極めていました。そのため、この9.30事件をきっかけに共産党系勢力とスカルノ大統領の権威は失墜し、スハルト陸軍少将が台頭するきっかけとなります。

本展示では、殺害された陸軍高級将校6人と将校の娘の銅像が天井からつりさげられています。その表情はどれも険しく悲痛な苦しみを訴えています。

《映像・写真展示》

当博物館の東屋には巨大なスクリーンが設置されており、スハルト大統領の半生を振り返る映像を鑑賞することができます。

また、スハルト大統領が晩年に暮らした邸宅の様子をディスプレイと写真で詳しく紹介しています。

■おわりに

スハルト博物館はインドネシア第2代大統領スハルトの記念博物館で、インドネシア、ジョグジャカルタ市にあります。ジャワの伝統建築で建てられており、木彫りの装飾が特徴的な平屋です。展示にはタッチ式のスクリーンを設置するなど最新技術を駆使しています。インドネシアを訪れた際には、一度足を伸ばしてみてはいかがでしょうか。

公式ホームページ

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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