貿易陶磁博物館:海のシルクロードからベトナムに伝わった交易品をコレクションする博物館

貿易陶磁博物館はアジアとヨーロッパの貿易によって入手された陶磁器などを多くコレクションしている博物館で、別名「海のシルクロード博物館」といわれています。この博物館には、日本の朱印船によってもたらされた多くの陶磁器の遺物も展示されています。そんな貿易陶磁博物館の歴史と所蔵品についてくわしく解説します。

■貿易陶磁博物館の歴史

※ホイアンにある日本橋

貿易陶磁博物館はベトナムのホイアンに1995年に建てられました。ホイアン近郊の遺跡で出土した陶磁器や南シナ海で沈没した船に積載されていた陶磁器などを展示しています。この博物館の建物は日本の専門家の協力を得て、最初に再生された古民家です。他にも似たような家がありますが、ホイアンの旧市街地にあるこの古民家は世界遺産に登録されています。

貿易陶磁博物館は2世紀から16世紀ごろにかけて、アジアとヨーロッパの交易の場となった海のシルクロードの重要な寄港地となっていたことから、別名「海のシルクロード博物館」と呼ばれています。ホイアンでのヨーロッパや日本、中国との交易はとても栄え、多くの日本人もホイアンを訪れています。ホイアンには日本人街や中国人街があり、良い関係性が伺えます。400年前の日本人のお墓が現在でもホイアンに残されています。

貿易陶磁博物館は19世紀に建設された木製のバルコニーが付いた、2階建ての古民家を利用しています。1階にはホイアン近郊の遺跡で発掘された、陶磁器などの交易品と南シナ海に沈没した日本や中国の交易船から引き揚げられた様々な品物が展示されています。2階にはホイアンの旧市街地に残っている古民家の保存・再生における多くの資料が展示されています。世界遺産にも登録されているホイアンの古民家の保存には多くの工夫がされていることが理解できます。また貿易陶磁博物館の2階から眺めることができる風景はとても美しいものがあります。

■貿易陶磁博物館の所蔵品

貿易陶磁博物館の所蔵品は、当時海のシルクロードの寄港地として栄えたホイアンの近郊で発掘された陶磁器や絵巻物、南シナ海で発見された様々な陶磁器などです。そんな貿易陶磁博物館のコレクションにはどのようなものが含まれているのでしょうか。主な所蔵品を紹介します。

≪ホイアンの日本人町と朱印船の絵巻≫

「ホイアンの日本人町と朱印船の絵巻」には朱印船がホイアンに到着したときの様子が描かれています。日本は1604年に朱印船制度を確立、16世紀末にはホイアンに住む日本人は数百人になったといわれています。江戸幕府が1635年に鎖国政策に転じるまで、多くの朱印船がホイアンにやってきていました。1300年頃に古都奈良で使用されていた肥前陶磁なども出土されていることからその様子がわかります。

1635年に江戸幕府が強行した鎖国政策によって朱印船貿易がなくなり、日本人街は衰退していきます。ただ鎖国政策を行っていた日本ですが、中国とオランダとは交易を行っています。そのため中国やオランダによって日本とベトナムとの交易は細々と続いていたといえます。

この絵巻物は、名古屋にある情妙寺に伝わる「茶屋新六郎交趾国貿易渡海図」からの拡大図で、ホイアン近郊に到着した朱印船が3艘の漕ぎ船に曳かれて、ホイアンに向かう様子が描かれています。茶屋新六郎は長崎を出港し、40日をかけてベトナムのホイアンに到着しました。

≪難破船や遺跡から発掘された陶磁器≫

※日本製陶磁器の例

貿易陶磁博物館には、難破船や遺跡から発掘された多くの陶磁器が展示されています。中国や日本の陶磁器が多く展示されており、ふたつの陶磁器を見比べることができます。

日本の陶磁器はシンプルなデザインのものが多いのですが、中国の陶磁器の多くは装飾が施されています。どちらの陶磁器もベトナムの陶磁器の発展に大きな影響を与えたといえます。またベトナムの陶磁器は、シンプルな日本の陶磁器よりも色彩豊かな中国の陶磁器から影響を受けていった様子を知ることができます。

≪ホイアンが栄えた当時の風景の再現≫

貿易陶磁博物館の中庭にはホイアンが栄えた当時の庶民の暮らしが再現されています。当時の生活に陶磁器がどのような使い方をされていたのかを、よく知ることができます。朱印船貿易が行われていた時代はプラスチックなどが無かった為、美しく丈夫な陶磁器が庶民にとっていかに大切なものであったかをよく知ることができます。

≪朱印船の模型≫

(Public Domain /‘ArakiRedSealShip’by unknownviaWIKIMEDIA COMMONS)※当時使われていた朱印船の絵図

朱印船は16世紀末から17世紀初頭にかけて、日本の支配者から朱印状(海外渡航許可証)を得て貿易を行っていました。朱印状を最初に発行したのは、豊臣秀吉です。この朱印状制度をより発展させたのが徳川家康といえます。朱印船は台湾やマニラ、ベトナムなどの諸国と交易をおこないました。

南シナ海にはホイアンの近郊で沈没してしまった朱印船も多くあったといわれています。これらの朱印船から引き揚げられたいろいろな交易品が貿易陶磁博物館に展示されています。

貿易陶磁博物館には朱印船貿易で使用されていた日本の朱印船の模型が展示されています。日本海から南シナ海まで幾多の荒波を乗り越えていった当時の航海の様子をうかがい知ることができるでしょう。

終わりに

※ホイアンの街並み

貿易陶磁博物館には日本とベトナムの交易を示す多くの資料が展示されています。海のシルクロードといわれた海外貿易の重要な寄港地であるホイアンの歴史に触れることができる博物館でもあります。またホイアンの古民家を再生した博物館の建物自体もとても見応えがあるといえるでしょう。ベトナムのホイアンを訪れた際にはぜひ足を延ばしてみてはいかがですか。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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