サンボープレイクック:カンボジア第三の世界遺産

サンボープレイクックは、カンボジア中央部のコンポントム州にある遺跡群。アンコール王朝の前身である真臘の都として6世紀後半〜7世紀前半に栄えたイシャナプラの跡地とされている。森に囲まれた都市および寺院の遺構には、戦火や自然劣化によって失われたものも多いが、内戦終結後の1990年代以降に行われた地道な保存・修復活動によって蘇ったものもある。寺院区域は2017年にユネスコの世界遺産に登録された。

カンボジアにはユネスコの世界遺産に登録されている遺跡が3つあることをご存知ですか?1つ目はかの有名なアンコールワット、2つ目はアンコールワットの北東200kmの山上にそびえ立つ天空の寺院プリアヴィヒア。3つ目は、2017年に登録されたばかりのサンボープレイクック(Sambor Prei Kuk)です。

サンボープレイクックは、シェムリアップから約170km南東にあるコンポントム州の森の中に位置する、真臘時代の古代都市と寺院跡。遺構の多くは6世紀後半〜7世紀前半に造られたものです。

9世紀にはじまるアンコール期のものとは異なるスタイルの建築物を鑑賞できるだけでなく、自然と遺跡が共生する森の中をゆっくりと散策できる場所です。

世界遺産に認定されたばかりということもあり、まださほど観光客が多くないため、静かに自分のペースで遺跡巡りをしたい方にはたまらないスポット。広大な敷地内の様子をご紹介します。

森の中に眠る古都イシャナプラの遺構を訪ねて

シェムリアップと首都プノンペンのちょうど中間にあたるコンポントム州に位置するサンボープレイクック。

アンコール王朝の前身であり、6〜8世紀頃に栄えた真臘(しんろう、クメール語読み:チェンラ)の首都跡に広がる遺跡です。

写真:筆者提供

都の名前はイシャナプラ。かつて宗主国であった扶南を破って真臘が独立を果たした後、時の王イシャナヴァルマン一世(在位616–637年)によって築かれたことに由来して名付けられました。南北5km、東西6kmの約30㎢にわたる敷地に広がっていたと言われています。

世界遺産に登録されたのは敷地東部の寺院があった区域ですが、西部には都市区域が広がっており、一時期には全体で20,000世帯、100,000人以上もの人々が住んでいたとか。

写真:筆者提供

敷地内に建てられたヒンドゥー教寺院は300近くあったとされていますが、現在残っているのは40ほど。アンコール王朝時代よりも前の時代にできたものということで、プレ・アンコール期の遺跡とも言われています。

遺跡群は北グループ、中央グループ、南グループの大きく3群に分けられており、それぞれ2重の周壁に囲まれた遺構は今も見ることが可能。

歴史的背景や建築上の特徴を踏まえながら、各グループの寺院を順に巡っていきましょう。

八角形寺院に空中宮殿。7世紀のユニークな建築様式を残す「北グループ」

最初に訪れるのは、北グループ周壁の外に立つ「プラサットチュレイ(Prasat Chrey)」という遺跡。

レンガ造りの寺院に、菩提樹の一種であるバンヤンツリーがぐるぐると絡みついた姿は壮観。自然と人工物が食い合っているようで共生している様子は、アンコール遺跡群の中のタプローム遺跡を彷彿とさせます。

写真:筆者提供

寺院はシヴァ神に捧げられたもので、以前は祠堂内にリンガの像がありましたが、内戦後に盗まれてしまったそう。

森と共に育まれてきたサンボープレイクックを象徴するような「プラサットチュレイ」を間近で見たら、二重になった周壁跡の内側へ。

写真:筆者提供

もともと北グループには51の寺院がありましたが、現在は11が残るのみ。多くはベトナム戦争時の砲撃や自然劣化よって破壊されてしまったといいます。

寺院はいずれも7世紀前半のイシャナヴァルマン一世治世に造られたもの。

寺院はいずれも7世紀前半のイシャナヴァルマン一世治世に造られたもの。

写真:筆者提供

かつて祠堂内に置かれていたと思われるこちらは、シヴァ神のシンボルであり男性器を象ったリンガ(跡)と、シヴァ神の妻パールヴァティーのシンボルであり女性器を象ったヨニがセットになったものです。

写真:筆者提供

形状は様々であるものの、生命力・豊穣の象徴としてヒンドゥー教の寺院ではよくみられる像です。神々に捧げる儀式の際に、溝に聖水を流して用いられたといいます。

さらに、北グループで見逃せないのが八角形の寺院。八角形は8本の腕を持つとされたビシュヌ神をイメージしたものであり、プレ・アンコール期のサンボープレイクック遺跡特有のもので、アンコール遺跡群にはみられません。

写真:筆者提供

外壁の中央に刻まれているのは、宮殿が空に浮かんでいるようにみえることから「空中宮殿(Flying Palace)」と呼ばれる7世紀特有の彫刻。

写真:筆者提供

サンボープレイクックを訪れたら必見のユニークな様式です。

齢1000歳以上。2頭のライオンが守り抜く「中央グループ」

北グループに引き続き、中央グループへ。

周壁近くには、聖水を貯めておくために使用されていたという古代の貯水池が見えます。

写真:筆者提供

王の体を洗った後、儀式のために寺院の中に聖水を運んでいたのだそう。

2重になった周壁をくぐり抜け、この区画の目玉であるライオン寺院(Lion Temple ※通称)へと向かいましょう。

写真:筆者提供

中央グループには、かつて42の寺院がありましたが、現在残っているのはライオン寺院の1つのみです。サンボープレイクックの中ではもっとも新しい9世紀に、ジャヤヴァルマン二世(在位802 〜834年)によって再建された寺院です。

シェムリアップ北東部にあるクーレン山(プノンクーレン)にて、当時の支配国であったジャワからの独立を宣言し、アンコール王朝を開いたジャヤヴァルマン二世。即位後にサンボープレイクック一帯の整備を行った際、ライオン寺院の再建を行いました。

写真:筆者提供

門の前に堂々と佇む2頭のライオン像はオリジナルのもの。元来ライオンが生息していないカンボジアにライオン像があるのは一見不思議ですが、インドの影響を多分に受ける中で作られたものと考えられています。

写真:筆者提供

強い王、強い王国のシンボルとしてライオンのモチーフが用いられたのではないかということです。

周壁の円形彫刻と宮中宮殿がハイライトを飾る「南グループ」

最後に訪れるのは、堅牢な2重の周壁が今もはっきりと残っている南グループ。これからまさに異世界に潜り込むような高揚感とともに、門をくぐって中に入りましょう。

写真:筆者提供

018〜2019年に修復されたばかりという周壁の内側に目を向けると、丸く縁取られた彫刻が並んでいるのが分かります。現在ではわずかに原型を留めるばかりの浮き彫りは、古代インドの長編叙事詩「ラーマーヤナ物語」のシーンを描いたものであったとのこと。

写真:筆者提供

その多くは、ベトナム戦争下の砲撃で崩れてしまいましたが、壁一面に連なって物語が描かれていた頃の様子を想像できる状態になっています。

周壁を抜けると、八角形の寺院が点在するゾーンへ。

写真:筆者提供

プラサットイエイポワン(Prasat Yeay Poan)と呼ばれる寺院群です。7世紀にイシャナヴァルマン一世によって建てられたもので、もともと35の寺院がありましたが、現在残っているのは7つのみ。

外壁には、7世紀特有の空中宮殿の彫刻がここでもみられます。どれも同じスタイルではあるものの、描かれている神々や情景が少しずつ異なるため、じっくり鑑賞したいものです。

写真:筆者提供

以下の写真はメインの寺院。

かつて内部には金色の微笑むシヴァ神像があり、聖なる儀式に使用されていましたが、内戦を経て無くなってしまったといいます。

写真:筆者提供

プレ・アンコール期特有の円筒状の柱(アンコール期のものは八角形)やまぐさ石の彫刻も見応えがあります。

まぐさ石の中央には、雨をもたらすインドラ神が象に乗っている姿が。その下には、真臘時代に国のシンボルであったナーガ(蛇神)が対になり、顔を付き合わせる様子がアーチ状に描かれています。

写真:筆者提供

アンコール遺跡内では複数の頭を持つナーガの彫刻がよくみられる一方、プレ・アンコール期に描かれたナーガの頭は1つだけでした。

メインの寺院の近くには、ヨーロッパ人然とした顔立ちの王の顔が刻まれた台座も展示されています。

写真:筆者提供

古くから西洋国家との交易があったインドの影響を多分に受けてデザインされたものではないかとのこと。

時代ごとの建築・装飾の違いを見るのは楽しいものです。

サンボープレイクックへのアクセス・留意点

サンボープレイクックのあるコンポントム州中心部までは、プノンペンから約3時間、シェムリアップからも約3時間。どちらかの都市を拠点とし、バスで行くのがよいでしょう。

写真:筆者提供

ただし、コンポントム発着のバスはない(2020年1月時点)ので、プノンペン・シェムリアップ間を結ぶ長距離バスを予約し、コンポントムで途中下車したい旨伝えましょう。

プノンペン・シェムリアップ間を走るバスは郵便局が運営する「Cambodia Post VIP Van」のほか、複数の会社が運営しています。チケットは、郵便局、各バス会社窓口のほか「BookMeBus」といったバス予約サイトからオンライン手配可能となっています。

コンポントムの街からサンボープレイクックまでは約30km。バスを降りたら、現地でトゥクトゥクを拾うとよいでしょう。

写真:筆者提供

往復移動の相場は$15。事前交渉の上で乗車しましょう。

遺跡に着いたらチケットセンターでチケットを購入。チケット代金(外国人)は$10です。

世界遺産に登録されて間もなく、ガイドブックにもアンコール遺跡ほど詳しい説明が載っていないサンボープレイクック。寺院が作られた経緯などをきちんと理解しながら回りたい方には、ガイドつき観光をおすすめします。

写真:筆者提供

ガイドは事前にツアー会社へ手配を依頼するのもよいですが、遺跡到着後に現地で待機しているコミュニティガイド(英語での説明。数人のグループなら、1時間程度の小回りで$6、2時間程度の大回りで$10※2時間を推奨)にお願いすることもできます。

サンボープレイクックで生まれ、遺跡とともに暮らしてきたガイドさんの話には、地元民でなければ知らない貴重な情報も含まれており、一聴の価値ありです。

遺跡内には売店が一切ないので、水分補給のための水やタオル・帽子などは事前に用意していきましょう。

※上記記載の情報はすべて2020年1月時点のものです。

観光客が殺到する前の今が見どきの世界遺産

写真:筆者提供

うっそうとした森の中で7世紀前後のカンボジアの姿を静かに伝え続けるサンボープレイクック。

世界遺産に登録された後も急激な観光客増加はみられておらず、ひっそりとした雰囲気の中で探索を楽しめる遺跡です。

100,000人もの人々が行き交い、300近くもの寺院が存在した古都イシャナプラの様子を想像しながら、その栄華に思いを馳せる旅はいかがでしょうか。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

関連記事一覧