エラ・フィッツジェラルド:20世紀を代表する女性ジャズ・シンガー

エラ・フィッツジェラルドは、20世紀を代表するジャズ・シンガー。1959年、第一回グラミー賞で最優秀インプロバイズド・ジャズ・ソロ賞を受賞した『Ella Fitzgerald Sings The Duke Ellington Song Book』は語り継がれる名盤でしょう。「レディ・エラ」と称され、アメリカを代表するジャズ界の巨人です。そのメロウで力強い歌声は、世代を超えて世界中の人たちに愛されています。この記事ではエラ・フィッツジェラルドの経歴や代表曲を紹介します。

◼︎エラ・フィッツジェラルドとは

エラ・フィッツジェラルドは、アメリカを代表するジャズ・シンガー。20世紀を代表するジャズ・ボーカリストの一人として知られています。「レディ・エラ」「ザ・ファースト・レディ・オブ・ソング」とも呼ばれており、その甘美な歌声は世界中の聴衆を虜にしてきました。

そのリズミカルかつ力強い歌声は、ハリウッド女優のマリリン・モンローをも魅了したといいます。13回のグラミー受賞経験はエラの歌唱力、そして表現力を象徴しているといえるでしょう。語り継がれている名曲も多数あり、アメリカのジャズを語るなら必ず名前が挙がる存在です。

1917年、エラ・フィッツジェラルドはアメリカ合衆国のヴァージニア州で産声を上げました。まもなくしてニューヨーク州のヨンカーズへ移り住み、思春期を過ごします。両親はエラが生まれてすぐに関係を解消しており、母親の元で育ちました。

しかし14歳のときに母親と死別。その後エラは孤児院に預けられ、時にはホームレス生活を余儀なくされ、売春婦やマフィアの下働きをして食い繋ぐなど、苦労に満ちた時代を過ごします。そんな極貧生活をしていた彼女に転機が訪れます。1934年17歳のときにハーレム•オペラ・シアターにて行われたコンテストに参加し優勝を果たします。このことがきっかけとなりデビュー果たし、歌手活動がスタートすることになりました。

エラは1941年、1947年と2度の結婚・離婚を経験しています。ときにロマンスに満ちた甘美な曲を歌ったエラですが、結婚生活の甘い一時が続くことはありませんでした。晩年は健康状態が悪化し、盲目となってしまいます。徐々に表舞台から姿を消していったエラは、1996年にその生涯を終えました。

幼少期からの波乱に満ちた人生は、エラの歌手活動の源泉になり、またその深みのある甘美な歌声の一因となっているのでしょう。圧倒的な歌唱力は未だ変わらず、人々を魅了しています。そんなエラ・フィッツジェラルドの音楽活動と代表的な曲を、次章から紹介します。

◼︎エラ・フィッツジェラルドの音楽活動

1934年17歳のときにデビューを飾ったエラ・フィッツジェルドは、歌手活動を本格的におこなっていきます。1939年以降は「Ella Fitzgerald and Her Famous Orchestra」へとバンド名を変更し活動をおこない、1941年にソロ活動を開始しました。その後の活躍は知っての通り飛躍的なものでした。

1956年から1964年にかけて制作されたアルバムは、ソングブックシリーズとして知られるジャズの名盤です。1956年に制作されたアルバム『Ella Fitzgerald Sings the Cole Porter Songbook』や、1963年に制作されたアルバム『Ella Fitzgerald Sings the Jerome Kern Songbook』など、エラの歌手活動を語るなら、これらの名盤は外せないでしょう。圧巻の歌声を満喫できるはずです。

また1989年に発表されたアルバム『All That Jazz』は、エラの最後のスタジオアルバムとして知られています。流行の歌ではなく、あえてジャズのスタンダード・ナンバーを収録したアルバム内容は、エラ・フィッツジェラルドの魅力を知るには最高の選択肢のひとつでしょう。

ここからは、エラ・フィッツジェラルドの代表曲をいくつか紹介します。

・How High the Moon(ハゥ・ハイ・ザ・ムーン)

『How High the Moon』はジャズのスタンダード・ナンバーとして語り継がれる名曲です。エラのリズミカルで楽しげな声が心に響くでしょう。小気味よく展開される音の粒に魅了されるはずです。またこの曲は、ジャズ特有の歌唱法「スキャット」が存分に満喫できる曲です。

スキャットとは、ジャズによくみられる歌唱法で、「ダバダバ」などの意味のない言葉を音楽に乗せて即興で歌うこと。エラの曲ではこのスキャットがしばしばみられますが、How High the Moonでは、特に多く耳にできるでしょう。リズミカルなメロディにぜひ魅了されてみてください。

・Mack the knife(マック・ザ・ナイフ)

『Mack the knife』は、ミュージカルで使用されたエラの代表曲のひとつです。また、初演のときにエラが歌詞を忘れてしまった曲としても知られています。完璧主義といわれるエラが歌詞をうろ覚えで演奏を始めたことは稀でしょう。このエピソードも曲同様に語り継がれています。

スロウでメロウな曲調と、エラの力強い歌声がマッチしたMack the knifeは、まさにジャズを代表する名曲です。この曲を聞いてファンになったという人が多いというのも頷けるでしょう。

・Mack The Knife -Ella In Berlin(マック・ザ・ナイフ-エラ・イン・ベルリン)

『Mack The Knife -Ella In Berlin』は、エラの二大名盤として知られるアルバムです。1960年に開催された西ベルリン公演を収録したもので、臨場あふれる高揚感が楽しめます。エラはこのアルバムとシングル「マック・ザ・ナイフ」共にグラミー賞の最優秀女性ボーカリスト賞を受賞。また、1999年にはこのアルバム自体がグラミー賞の殿堂入りを果たしエラ・フィッツジェラルドの代表作になりました。

もう一つ衝撃的なエピソードとしてよく知られているのは、このライブをおこなった当時、エラとバンド一行は約22時間一睡もせずにベルリンに入り、深夜のステージに臨んだといいます。

Mack The Knife -Ella In Berlinには、先に紹介した『How High the Moon』や『Mack the knife』の両曲とも収録されています。エラの名曲を堪能するなら最高の作品でしょう。一曲目の『Gone With TheWind』や五曲目の『Summertime』も珠玉の名曲です。このアルバム一枚で彼女の甘美な歌声を満喫できるようになっています。

◼︎おわりに

20世紀を代表するジャズ・シンガー、エラ・フィッツジェラルドの経歴や音楽活動、代表曲を紹介してきました。スロウでメロウな曲調と、力強くどんな曲でも歌い上げるエラの歌唱力は、これからも脚光を浴び続けるでしょう。唯一無二のミュージックは今なお注目の的です。

グラミー賞を13回受賞と、エラ・フィッツジェラルドは圧倒的な功績を残してきました。ジャズを聞き慣れていない方でも必ず虜になるでしょう。エラにしか出せない一体感のある音楽と歌声の調和に、ぜひ魅了されてみてはいかがでしょうか。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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