オーティス・レディング:アメリカを代表するソウルの神様

オーティス・レディングは、「ソウルの神様」と呼ばれるソウル・シンガー。1960年にデビューを飾ってからソウル界の第一線を走り続けました。黒人として出演に難色を示されたフェスティバルで、観客の話題をさらった逸話も有名です。1969年にはグラミー賞のBest R&B Song部門で『(Sittin’ on) the Dock of the Bay』の曲が受賞。部門創設後初の受賞曲として注目も集めました。この記事では、ソウルの神様、オーティス・レディングの経歴や代表曲を紹介します。

◼︎オーティス・レディングとは

オーティス・レディングは、1941年生まれアメリカのジョージア州出身のソウル・シンガーです。独自の歌唱法でソウルミュージックに計り知れない影響を与えてきました。「ローリングストーンの選ぶ歴史上最も偉大なシンガー」で8位に選出されており、その存在は偉大です。

学生時代に、すでにドラムに親しんでいたというオーティスは、当時からコンテストに出場し優勝を獲得していたといいます。教会では歌を熱唱し、その歌唱力に磨きをかけていきました。

※写真はイメージです

1960年初頭から本格的な音楽活動をスタート、1962年にシンガーとして初めての作品を発表しています。デビュー曲から、ビルボード・ホット100で85位を獲得するなど、活動初期から注目を集めました。この曲のヒットをキッカケに1964年にアルバムを発表。1947年に設立された名門レーベル、アトランティック・レコードからアメリカ全土に向けて流通することになります。

同年の1964年に制作した『ミスター・ピティフル』は、R&Bチャート10位を記録して話題をさらいます。その後も数々の名曲を発表し続けたオーティスは、1967年にモントレー・ポップ・フェスティバルに出演することになりました。フェスティバルには白人ミュージシャンが多数出演しており、黒人のオーティスが出演することに難色を示す人々も多かったといいます。しかしオーティスは圧倒的なパフォーマンスで聴衆を魅了、大喝采を浴びる成功を収めました。

このエピソードは、音楽に人種の壁がないことを証明する象徴的な逸話として、今でも語り継がれています。オーティスの魂の込もったソウルミュージックは、人種の壁を超えて世界に響きわたりました。しかしフェスティバルが終了後、オーティスの喉に異変が見つかり2ヶ月の休養を経ることになります。この休養は、オーティスの後々の音楽性に大きな変化をもたらすことになります。

フェスティバルと同年の1967年12月。オーティスは、自家用飛行機の事故でこの世を去ります。歌手としての活動期間は約7年。あまりにも早すぎる死に衝撃が走りました。圧倒的な活躍と人気を集めた曲の数々から、オーティスは「ソウルの神様」として現在も愛されています。

歴史に残る偉大なシンガー、オーティス・レディング。その代表曲を次章で紹介しましょう。

◼︎オーティス・レディングの代表曲

オーティス・レディングの歌手活動期間は約7年間。その中で最大のヒットとなった曲が、飛行機事故3日前に録音された『ドッグ・オブ・ベイ』です。ドッグ・オブ・ベイは、オーティス・レディング初めての週間チャート1位を記録、オーティスにとって最大のヒット曲となりました。

ここからは、ドッグ・オブ・ベイを含むオーティス・レディングの代表曲を紹介します。

・Respect(リスペクト)

『Respect』は1965年に発表された曲で、作詞・作曲をオーティスが担当したことでも知られています。8月にシングルとして発表された曲で、9月発売のアルバムに先駆けてヒットを記録しました。ビルボード・ホット100では、35位を獲得しています。

『Respect』は、オーティスのライブでも頻繁に演奏される人気の曲です。キャッチーでポップなメロディーが心に響くでしょう。力強く深みのあるオーティスの歌声が満喫できます。気分も盛り上がるアップテンポな曲なので、落ち込んだときに聴くファンも多いといいますよ。

※アレサ・フランクリン

1967年にはアレサ・フランクリンがカバー版を発表し、全米1位の大ヒットを記録しました。オリジナル版以上のヒットに本人は「あの娘が俺から曲を盗んだ」と語ったのだとか。

・The Dock Of The Bay(ドック・オブ・ベイ)

『The Dock Of The Bay』は、オーティスが事故で亡くなる前に収録された最後の曲で、最大のヒット曲として知られています。カリフォルニアのボートハウス滞在中に作曲した曲で、数々のアーティストによってカバー版も制作されるほど人気の高い曲です。

しっとりとしたバラードに、リズミカルなバックミュージックがベストマッチ。オーティスの抜群の歌唱力が際立つ構成になっています。聴けば自然と港の情景が頭に浮かぶでしょう。穏やかに波打つ港の光景は、深い感銘をもたらします。時代を超えた名曲中の名曲です。

・Pain in my Heart(ペイン・イン・マイ・ハート)

『Pain in my Heart』は、デビュー・アルバム。1964年の発表当時、オーティスは23歳でした。どこか若々しさを感じさせる歌声や曲調は、後期の曲と比べてみるとフレッシュさを感じるでしょう。とはいえ、その歌唱力は圧倒的といえます。

アルバムタイトルにもなっている名曲で、メロウな歌声とスロウなリズムに思わず体がうずくでしょう。総再生時間およそ30分。12曲の珠玉の名曲群に心震わされた音楽ファンは数知れず、現在も色褪せないオーティス活動初期の名盤といえます。

◼︎おわりに

ソウルの神様と称されるソウル・シンガー、オーティス・レディングの経歴や代表曲を紹介してきました。深みのある歌声と魂を震わすようなメッセージ性は、オーティス・レディングの真骨頂でしょう。時代を超えても決して変わらない、普遍の魅力を感じ取ってみてください。

アメリカの音楽を語るなら欠かせないソウルの巨人オーティス・レディング。その珠玉の名曲たちを、ぜひあなたもじっくりと味わってみてはいかがでしょうか?

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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