ノーベル生理学・医学賞1930年カール・ラントシュタイナー:人の血液にはABO式血液型があることを発見

カール・ラントシュタイナーはオーストリアの血清学者です。1930年に人の血液を3つの型に分類し、ABO式血液型を発見した功績によりノーベル生理学・医学賞を受賞しました。ABO式血液型の発見により人から人への輸血が科学的根拠のもとで安全に行われるようになりました。そんなカール・ラントシュタイナーの受賞までの道のりを詳しく解説していきます。

◆彼の生年月日と生まれた町について

カール・ラントシュタイナーは1868年6月14日にオーストリアのバーデン・バイ・ウィーンで生まれました。

バーデン・バイ・ウィーンは、ニーダーエスターライヒ州にあるバーデン郡に属しており、ウィーンの南約25kmに位置する基礎自治体(ゲマインデ)です。この街は「音楽の都」として知られており、音楽の天才といわれたベートーヴェンはこの地で交響曲第9番のほとんどを書き上げました。

◆幼少期や学生時代

ラントシュタイナーは1868年に法学博士であるレーオポルト・ラントシュタイナーの息子として生まれました。

ラントシュタイナーは1891年にウィーン大学医学部を卒業後、1896年にウィーン大学衛生学研究室で助手に就き、1908年にはウィーンのウィルヘルム病院で解剖担当を務めました。また彼はドイツの化学者であるエミール・フィッシャーの下で学んだことにより化学にも精通しており、化学者としても知られています。

◆受賞に至るまでの逸話など

ラントシュタイナーは1900年にABO式血液型を発見します。このころ彼はウィーンの病理解剖研究所で解剖学を教えており、自分自身と研究所のスタッフの血液サンプルを22個集め、その血液を血球と血漿に分離したのちそれぞれの血球に血漿を混ぜ合わせました。

その結果、血球に混ぜ合わせた血漿によって血液が凝集するものとしないものがあることを発見します。ラントシュタイナーは血球が凝集する組み合わせを「+」、凝集しない組み合わせを「-」として分類したことにより、どちらの血球にも凝集しない血液があることを発見し、血液は3つに分類できるのではないかと考えました。

お互いの血球と血漿が相容れず凝集する血液型を「A型」、「B型」とし、またどちらの血液型とも凝集しない血液型を「C型」とし、のちにラントシュタイナーは「C型」の血液型を「O型」に変更します。ただこの時、研究室の22人のスタッフに「AB型」がおらず、AB型は2年後に研究所の同僚が発見したことにより追加されました。

ラントシュタイナーは以前から他人同士の血液を混ぜたときに凝集する場合としない場合があることに疑問を持ち、その原因を突き止めようとしていました。そして彼は「個人によって凝集しやすい血液があるのか、或いは血液が凝集する原因は細菌汚染ではないか」という考えに辿り着きます。当時は細菌の研究が盛んであったため、彼も血液が凝集する原因は細菌かもしれないと考えたのはごく自然のことだったのでしょう。

ただ、ラントシュタイナーは血液の凝集の研究を進めていくうちに、血球と血漿との組み合わせで起こる血液の凝集にはある種の規則があることに気付き、抗原抗体反応の可能性があるという考えに至りました。

ラントシュタイナーは血液にはそれぞれ血液型があり、輸血の時に凝集しない血液があることを発見します。さらに1910年にメンデルの法則に従って血液型は遺伝するということを突き止め、血清学と免疫学に貢献したことにより1930年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。

ラントシュタイナーはノーベル賞受賞後も血液型の研究に没頭します。彼は1922年にニューヨークのロックフェラー研究所に加わり、1940年には弟子のアレクサンダー・ウィーナーとともにABO式血液型のほかにRh血液型があることを発見しました。さらに人の赤血球のなかにアカゲザルと同じものがあることを発見し、2人はこの血液型をRhesus(アカゲザル)からRh血液型と命名しますが、この血液型はのちにRh血液型とは違うものとわかり、LW血液型とされました。

Rh血液型はD抗原が存在する血液をRhプラス(陽性)とし、D抗原が存在しない血液をRhマイナス(陰性)としました。Rh血液型も輸血の際に適合血液を探すうえで重要な要因のひとつとなっています。

このほかに、人の血液に存在する白血球にも血液型があることがわかっており、白血球の血液型はHLA型(Human Leukocyte Antigen)といわれ、移植の際にとても重要とされる抗原です。

◆終わりに

ラントシュタイナーがABO式血液型を発見したことにより、このABO式血液型で輸血をすることが原則となりました。この発見により人から人への輸血が安全に行われるようになり、彼のこの発見は現代輸血の発展のために大いに貢献したといえるでしょう。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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