ノーベル生理学・医学賞1934年ウィリアム・P・マーフィ:『貧血の治療法』の考案に携わり、医学界に大きな進歩をもたらした医師

ウィリアム・P・マーフィはアメリカの内科医です。悪性貧血の治療に関する研究によりノーベル生理学・医学賞を受賞しました。そんなウィリアム・P・マーフィーの受賞までの道のりについて詳しく解説していきます。

◆生年月日、生まれた町、生まれた町の概略

ウィリアム・P・マーフィは1892年2月6日にアメリカのウィスコンシン州ストートンで生まれました。

ストートンはウィスコンシン州の中央南部、首都マディソンの北西郊外に位置する町で、マディソン大都市圏の一部です。1847年にバーモント州のイギリス人ルーク・ストートンによって設立され、1800年代後半から1900年代初期にかけて多くのノルウェー人移民が町に定住しました。また、ストートンは『コーヒーブレイク発祥の地』としても知られ、毎年パレードが催されています。

◆幼少期、学生時代

ウィスコンシン州やオレゴン州の公立学校で教育を受けてきたマーフィは、1914年にオレゴン大学を卒業し、1919年にハーバード大学医学大学院に進学します。1922年にハーバード大学医学大学院を卒業したマーフィは、その後同大学で助手や教師などのさまざまな役職に就任しました。

◆受賞に至るまでの逸話など

1924年、マーフィは悪性貧血に関する研究を開始します。彼は貧血の犬に対してさまざまな物質を与え、最も症状の回復に繋がるものは何かを調査していきました。その結果、彼は肝臓が最も症状の回復に適していることを突き止めます。

その後、マーフィはジョージ・R・マイノット、ジョージ・H・ウィップルらと協力し、悪性貧血の研究を進めていきます。そして、貧血の症状改善の要因となった物質『ビタミンB12』を肝臓から取り出すことに成功しました。

この功績により、マーフィはマイノット、ウィップルらとともに1934年にノーベル賞を受賞しました。

◆おわりに

ジョージ・R・マイノットおよびジョージ・H・ウィップルと共に研究し、『貧血の治療法』の考案に至ったウィリアム・P・マーフィ。この発見は医学界にとって大きな進歩であり、これまで致命的であった病気の治療を可能にした功績は計り知れないものでしょう。彼らの考案した治療法は、何千人もの命を救うことになりました。

参考

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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