ノーベル生理学・医学賞1973年ニコラース・ティンバーゲン:イトヨの本能行動に関する研究が認められたオランダの動物行動学者・鳥類学者

ニコラース・ティンバーゲンはオランダの動物行動学者で、鳥類学者です。同じく動物行動学者であるコンラート・ローレンツとカール・フォン・フリッシュとともに「個体的および社会的行動様式の組織化と誘発に関する研究」で1973年度のノーベル生理学・医学賞を受賞。

動物の生得的行動を引き起こす解発刺激の研究を行い、比較行動学の先駆者ともいわれるニコラース・ティンバーゲン。動物の行動はさまざまな次元で説明することができ、完全に理解するためには多様な領域からのアプローチが重要であると「4つの疑問」を提唱しました。
ここではニコラース・ティンバーゲンの生い立ちや受賞までの道のりを詳しくご紹介していきます。

◆生年月日、生まれた町、生まれた町の概略

ニコラース・ティンバーゲンは1907年4月15日に、オランダのデン・ハーグで生まれました。

オランダは西ヨーロッパに位置する立憲君主制国家で、東はドイツ、南はベルギーと国境を接し、北と西は北海に面しています。アムステルダムとロッテルダムに次ぐオランダ第3の都市であるデン・ハーグは、事実上オランダの首都として150もの国際機関が存在。現在ではニューヨークに次ぐ国連都市であり、国際会議の重要性が高まっています。

◆生涯

ニコラースはオランダ語と歴史の教師だった父親ディルク・ティンバーゲンと母親ヤーネッタ・ファン・エークの息子として生まれました。経済学者でありノーベル経済学賞の初代受賞者であるヤン・ティンバーゲンを兄にもち、弟のルーク・ティンバーゲンはニコラースと同じ鳥類学者です。

ライデン大学に入学したニコラースは、教師らにキャンプやバードウォッチングに誘われオランダの比類ない豊かな自然と触れることになり、やがてデン・ハーグからそう遠くないセグロカモメの営巣地で研究を始めます。

その後カール・フォン・フリッシュの研究内容や、昆虫の行動研究の先駆者であるファーブルの著作に影響を受けると、ジカバチの帰巣本能を研究対象としました。

1932年から1933年にかけてオランダ派遣団に加わる機会を得ると、ニコラースはまだ西洋化されていないグリーンランドで妻と共にエスキモー最大の民族であるイヌイットの生活を送りました。このときの経験は40年後、人類の祖先の生活の復元を試みたときに役に立ちました。

オランダに戻ったニコラースは、ライデン大学のC・J・ヴァン・デア・クラーウ教授のもとで講師となり比較解剖学を学びました。学部生のために動物行動の講義をするよう命じられたニコラースは、本格的に帰巣本能など昆虫や鳥の行動研究を始めます。

1936年、ヴァン・デア・クラーウ教授はコンラート・ローレンツをライデン大学に招いて「本能」に関する小さなシンポジウムを開きました。このときニコラースは初めてコンラートと出会い、すぐに意気投合します。ニコラースはコンラートの両親の家に招待され4ヶ月間滞在することになるのですが、これは生涯の友情を育むものとなりました。

1938年、オランダー系アメリカ人財団によりニューヨークへ招かれ、公演の合間はエルンスト・マイヤー、ロバート・M・ヤーケスなどの元を訪れました。

オランダに戻ると第二次世界大戦が勃発し、頻繁に連絡を取り合っていたローレンツとの通信が途絶えてしまいます。ニコラースはユダヤ人職員を解雇するという大学の決定に抗議したため、2年間ドイツの捕虜収容所で過ごします。1949年、ケンブリッジ大学の動物行動学者W・H・ソープの自宅で開かれた催しでニコラースは死んだと思っていたローレンツと感動的な再会を果たしました。

戦後まもなくアメリカとイギリスに招かれ、動物の行動に関する研究について講演しエルンスト・マイヤーやデビット・ラックと友好を深めることにより、進化学と生態学に対する関心は決定的となりました。このときのアメリカでの講義は「本能の研究」と題して出版されます。

ニコラースはデビット・ラックとオックスフォードの動物学者アリスター・ハーディによりイギリスへ移住することを勧められ、オックスフォード大学の講師となりました。1962年に王立協会のフェローとして選出され、1966年にオックスフォード大学の教授となりますが、その後は妻と共に幼児期の自閉症の研究に集中し、ジェローム・S・ブルナー教授の児童行動学研究所に協力して、1974年にオックスフォード大学を退職しました。

◆受賞に至るまでの逸話など

受賞対象となったのはトゲウオ科の魚イトヨの本能行動に関する研究です。イトヨのオスは繁殖期に入ると巣作りをしますが、この巣を中心としたなわばりに他のオスが侵入すると「闘争行動」によりなわばりから追い払おうとします。

この「闘争行動」のように、動物にとって生得的な行動を引き起こす要因(解発因)に含まれる特徴的な刺激要素を「鍵刺激」といい、ニコラースは「鍵刺激」について実験的に明らかにしたのです。

イトヨのオスは、侵入したオスの全身が見えていなくても、腹部分がオスの婚姻色である赤い色になっていれば闘争行動を起こすため、この赤い色が「鍵刺激」ではないかとニコラースは考えました。

そこでニコラースは次のような実験を行いました。

イトヨにそっくりな腹部の赤くない模型と腹部の赤い模型を用意し、水槽の中に入れたのです。

するとなわばりを守ろうとするイトヨのオスは、腹部の赤い模型に対してだけ闘争本能を起こし、突進して追い払おうとしました。

つまりこの実験で「赤い色」が「鍵刺激」であると明らかになったのです。

進化論を唱えたダーウィンをはじめ、動物の行動や感覚の世界に感心をもつ研究者は多く、ニコラースもその一人でしたが動物の行動を完全に理解するための「なぜ生物がある機能をもつのか」という疑問を4つに分類しました。これをアリストテレスの四原因説を元に、彼の名前にちなんで「ティンバーゲンの4つの疑問(4つのなぜ、あるいは説明の4分野)」と呼ばれています。

◆おわりに

元々研究対象は鳥類でしたが、ティンバーゲンはその研究方法を転用し自閉症児の治療研究も手がけました。

動物の行動を説明するためのティンバーゲンの4つの疑問は、動物行動を研究する人々のなかで今なお生き続けていて、複数の領域が歩み寄ることで様々な問題解決につながっています。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

関連記事一覧