ノーベル生理学・医学賞1976年バルーク・S・ブランバーグ:B型肝炎ウイルスを発見し、ワクチン開発にも成功した医学者

バルーク・S・ブランバーグはアメリカの医学者です。1976年に『感染症の原因と感染拡大についての新しいメカニズムの発見』でノーベル生理学・医学賞を受賞しました。彼はアメリカ航空宇宙局(NASA)で宇宙生物学を研究していたことでも知られています。そんなバルーク・S・ブランバーグの受賞までの道のりについて詳しく解説していきます。

◆幼少期、学生時代

バルーク・S・ブランバーグは1925年7月28日にアメリカ合衆国のニューヨークで生まれました。ブランバーグは子供のころから頭が良く、他の子供にも勉強を教えられるほどの優等生でした。高校はファー・ロッカウェー(Far Rockaway High School)に通い、卒業後は第二次世界大戦の影響で海軍に従事。除隊後にコロンビア大学へ進学し数学を専攻しますが、父から「医学部へ行くべきだ」と助言を受け医学部に編入します。大学を卒業した後はコロンビア大学附属病院で4年間医師として勤務しました。

◆受賞に至るまでの逸話など

1950年代、ブランバーグは人間の血液サンプルを採取するため世界中を飛び回っていました。採取した血液から遺伝的変異(遺伝的な基盤に基づくある種の個体間、または集団間での違い)について研究し、特定の環境の中で病気にかかる人とかからない人がいるのはなぜかという点に着目したのです。1964年、肝炎の研究中にオーストラリア先住民の血液からB型肝炎の表面抗原(細胞やウイルスの表面にあるタンパク質)を発見しさらに研究を進めます。その結果ウイルスが肝臓がんを引き起こす可能性があることを突き止め、献血によるウイルス拡散を防ぐために「B型肝炎ウイルスのスクリーニング検査」を開発しました。のちにワクチンの開発にも成功し、ワクチンを導入した国での子供の感染率は10年間で15%から1%に減少しました。ウイルス発見当時は「オーストラリア抗原」と呼ばれていましたが、現在は「HBs抗原」と呼ばれています。
1950年代、ブランバーグは人間の血液サンプルを採取するため世界中を飛び回っていました。採取した血液から遺伝的変異(遺伝的な基盤に基づくある種の個体間、または集団間での違い)について研究し、特定の環境の中で病気にかかる人とかからない人がいるのはなぜかという点に着目したのです。1964年、肝炎の研究中にオーストラリア先住民の血液からB型肝炎の表面抗原(細胞やウイルスの表面にあるタンパク質)を発見しさらに研究を進めます。その結果ウイルスが肝臓がんを引き起こす可能性があることを突き止め、献血によるウイルス拡散を防ぐために「B型肝炎ウイルスのスクリーニング検査」を開発しました。のちにワクチンの開発にも成功し、ワクチンを導入した国での子供の感染率は10年間で15%から1%に減少しました。ウイルス発見当時は「オーストラリア抗原」と呼ばれていましたが、現在は「HBs抗原」と呼ばれています。ウイルス研究やワクチン開発などの功績が高く評価され、ブランバーグは1976年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。受賞後も活動を続けており、1989年~1994年まではオックスフォード大学ベリオール・カレッジにてマスターを務め、1999年~2002年まではNASA(アメリカ航空宇宙局)宇宙生物学研究所で所長を務めながら地球外生命体の可能性についても研究しました。また1974年にパサノ賞、1975年にガードナー国際賞やカール・ラントシュタイナー記念賞など数々の賞も受賞しています。
992年にはB型肝炎財団(HBF)の設立にも参加。B型肝炎財団は非営利団体として活動しており、B型肝炎に苦しむ世界中の人々を救うこと、治療法を研究することを目的としています。2002年にはニューヨークタイムズのインタビューも受けており、そこでブランバーグは「命を救うことが私を医学に引き寄せました」と語っています。そんなブランバーグですが、2011年4月5日にアメリカ合衆国マウンテンビューで心臓発作を起こし、85歳の人生に幕を閉じました。

◆おわりに

B型肝炎ウイルスの発見とワクチン開発で知られるバルーク・S・ブランバーグ。彼の研究は今でも多くのB型肝炎ウイルス患者の命を救っており、ブランバーグがいなければ治療法の確立にはもっと時間がかかっていたかもしれませんね。

出典:(Wikipedia、Baruch_Samuel_Blumberg)(6,2021)

出典:(THE NOBEL PRIZE、blumberg)(6,2021)

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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