ノーベル医学賞1980年ジャン・ドーセ:MHC(糖タンパク質)の発見や移植治療の発展に寄与したフランスの免疫学者

ジャン・ドーセはフランスの免疫学者です。「免疫反応を調節する細胞表面の遺伝的に決定された構造に関する発見」という研究内容で1980年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。骨髄や腎臓などの移植を可能にしたことでも知られています。

◆幼少期・学生時代

ジャン・ドーセは1916年10月19日にフランスのトゥールーズという街で生まれました。その後中等教育に上がるまではフランス南西部バスク地方のビアリッツで過ごし、11歳の時パリに移り住んでいます。中等教育はリセ・ミケレ(Lycée Michelet)で受け、卒業までに数学の博士号を取得するも第二次世界大戦の影響で兵士に動員。戦争中に軍隊で輸血を行ったことがきっかけとなり、ドーセは免疫血液学に興味を持つようになります。

◆受賞に至るまでの逸話など

軍の指示によりアルジェリアに移ったドーセは、そこで血小板に関する科学実験を任されます。1944年にはパリに戻りサンタントワーヌにある地域輸血センターで血液サンプル収集の責任者として務めました。戦争が終わると血液に関する本格的な調査研究を開始。新生児と成人の交換輸血や、ウェルシュ菌によって引き起こされる敗血病に触れながらより深く研究を進めていきます。その後ハーバード大学医学部の研究所で働いていた時期もありましたが再度フランスの輸血センターに戻り、これまでの研究の成果を白血球と血小板に置き換えられないかとさらに実験を続けます。
1958年にはいままでの研究に対する努力が認められ、国立血液輸血センター免疫血液学研究所の所長に就任。就任中には白血球抗原体について解き明かすことに成功し、これはのちに「HLA-A2」と呼ばれるようになります。その後の研究ではMHCという「要組織適合遺伝子複合体」について研究をし、遺伝子と考えられていたMHCが糖タンパク質であることを解明。MHCは免疫にかかわる分子ですが、免疫細胞だけではなく有核細胞のほとんどすべてに存在します。また細胞膜表面にも存在することが実験により明らかになりました。
ヒトのMHC遺伝子群が第6番染色体上に存在することを発見したドーセは、このMHC遺伝子群をHLA(Human Leukocyte Antigen)と呼ぶことにしました。このHLAを解明したことにより免疫学が発展し、骨髄移植や腎臓移植が行えるようになったのです。
これらの研究や成果が高く評価され、1980年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。その後骨髄や腎臓だけでなく、心臓、肝臓、肺、膵臓、角膜などの移植も行うことができるようになり、いまでも多くの人の命が救われています。

◆終わりに

MHC(糖タンパク質)の発見や骨髄などの移植に関し大きな成果を残したジャン・ドーセ。臓器移植などの際に起こる免疫反応、「拒絶反応」を最小限に抑える免疫抑制剤の開発や癌の免疫治療など、彼の研究のおかげで現在も免疫学に関する医療は進化し続けています。ドーセの研究がなければ、いまの治療法が確立するまでもっと時間がかかっていたかもしれませんね。彼の熱意と功績に心から敬意を表したいと思います。

出典:(THE NOBEL PRIZE、dausset)(6,2021)

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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