ベンクト・サミュエルソン:プロスタグランジン(PG)の発見とその研究で成果を出したスウェーデンの生化学者

(Public Domain/‘Bengt Samuelsson’ by Unknown author. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

ベンクト・サミュエルソンはスウェーデンの生化学者です。1982年にスネ・ベリストロームとジョン・ベーンとともに生理活性物質として体の維持に重要な役割を果たす一群であるプロスタグランジン(PG)の発見とその研究によりノーベル生理学・医学賞を受賞しました。そんなベンクト・サミュエルソンの受賞までの道のりを詳しく解説していきます。

◆生年月日・生まれた町・生まれた町の概要

ベンクト・サミュエルソンはスウェーデン南西部のハルムスタードで1934年5月21に生まれました。

ハルムスタードはスウェーデンの南西部にある人口約55000人の都市です。ニッサン川の河口にありカテガット海峡に面しています。

ハルムスタードは1307年、町として認められています。街の中心部は現在の場所よりニッサン川の上流でそこには教会と兵舎があったといわれています。1320年に現在の位置へと移動することになります。16世紀から17世紀にかけてハルムスタードはデンマークとスウェーデンによってその領有権を争っています。

ハルムスタードにはこの地に本拠地を置くサッカーのクラブチームがあります。1914年に創設され、現在、ウェーデンの最上位リーグであるアルスヴェンスカン(Allsvenskan)に所属しています。このクラブチームはハルムスタードという小規模の都市を本拠地とし、財政的にも厳しい状況にもかかわらず4度のリーグ優勝を果たしています。

ハルムスタードの気候は6月下旬から8月下旬までは観光に最適な気温になります。基本的に夏は26度以上にはならないのでとても過ごしやすいといえます。冬は最低気温が-11度以下にはならないといわれていますが、とても寒く長いといわれています。

◆幼少期・学生時代

※画像はイメージです

ベンクト・サミュエルソンは1934年5月21日にアンダース・サミュエルソンとクリスティーナ・サミュエルソンの息子として生まれました。スウェーデンのハルムスタードで公立学校を卒業します。

ルンド大学で医学を学び、その後カロリンスカ研究所へと移動します。カロリンスカ研究所では医学研究と生化学の大学院の仕事を行います。1960年には医学化学の論文を完成させ博士号を取得します。さらに1年後にはカロリンスカ研究所からも医学博士号を取得しました。

一年後、マサチューセッツ州のハーバード大学に研究員としてわたり、その後再びカロリンスカ研究所に戻っています。ノーベル医学賞を受賞した当時、サミュエルソンはカロリンスカ研究所の医学部長を務めていました。さらに1983年から1995年までカロリンスカ研究所の所長を務めています。

◆受賞に至るまでの逸話など

※カロリンスカ研究所

ベンクト・サミュエルソンは本来、コレステロールの代謝について研究をしていましたが、カロリンスカ研究所でスネ・ベリストロームが行っていたプロスタグアンジンの研究に参加することになりました。そしてスネ・ベリストロームとともにプロスタグアンジンの構造を発見することになります。

プロスタグアンジンの構造を発見した後、ベリストロームはプロスタグアンジンが長鎖不飽和脂肪酸から生合成されると推測します。そしてベリストロームはこの中間体PGエンドベルオキシドを単離しようと試みます。しかし、なかなか単離には成功しませんでした。1973年、サミュエルソンは不安定なこの中間体の単離に成功します。この中間体の単離に成功したことで新しい物質の発見へとつながることになります。

PGエンドベルオキシドの発見より以前の1969年にイギリスのベーンによってプロスタグアンジンの中間体であろうと考えられる不安定な分子が発見されます。ベーンはこの分子をRSCと名付けます。多くの研究者がRSCはサミュエルソンが単離に成功したPGエンドベルオキシドではないかと考えました。それはPGエンドベルオキシドに大動脈収縮作用があることが分かったためです。

※画像はイメージです

しかしサミュエルソンは、この考えに疑問を持ちます。サミュエルソンが単離に成功したPGエンドベルオキシドの水溶液中の半減期が30秒に対しRSCは5分の半減期であることが分かったからです。そこでPGエンドベルオキシドの血小板の凝集作用をさらに詳しく研究することにしました。その結果、サミュエルソンはトロンボキサンという分子があることを発見します。トロンボキサンには2種類あり、トロンボキサンA₂とトロンボキサンB₂があることがわかります。

トロンボキサンB₂は安定している分子で、最初にサミュエルソンはこのトロンボキサンB₂を単離します。しかし研究の過程でプロスタグアンジンがトロンボキサンB₂に至る過程にもうひとつの分子があるのではないかと考えます。そこで発見したのが不安定な分子であるトロンボキサンA₂です。トロンボキサンA₂はとても不安定な分子なので単離することはできませんでしたが、トロンボキサンB₂の構造からトロンボキサンA₂の構造が推測されました。現在ではトロンボキサンA₂の構造が詳しく同定されています。

トロンボキサンを発見したサミュエルソンは、アラキドン酸の変換生成物にとても興味を示すことになります。そしてさらにロイコトリエンという分子を発見します。

サミュエルソンは、実に20歳後半の若さでベリストロームがプロスタグアンジンの構造を決定することができた研究に参加しています。このことによりサミュエルソンはベリストロームの有力な弟子として知られるようになります。

さらにサミュエルソンはプロスタグアンジンの生合成に関する研究をすすめます。その結果、39歳の時にPGエンドベルオキシドの単離に成功します。さらに41歳でトロンボキサンを発見し、45歳でロイコトリエンという人間の生命の維持に重要な生理活性物質を次々と発見することになります。この功績によりサミュエルソンは1982年のノーベル医学賞を受賞することになります。

◆終わりに

ベンクト・サミュエルソンらによってプロスタグアンジンの構造が決定され、多くの生理活性物質が発見されたことによりこの分野の研究が大きく発展することになります。この研究の発展は血栓症や炎症、アレルギーなどの臨床分野に大きく貢献したといわれています。

ノーベル賞による公式インタビュー

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

関連記事一覧