ノーベル生理学・医学賞 1984年 ニールス・イェルネ:理論派として名高いデンマーク免疫学者

ニールス・イェルネはロンドン生まれのデンマークの免疫学者です。1984年に「免疫制御機構に関する理論の確立」と「モノクローム抗原の作成法」を発見したことによりノーベル生理学・医学賞を受賞しました。そんなニールス・イェルネの受賞までの道のりを詳しく解説していきます。

◆生年月日・生まれた町・生まれた町の概要

ニールス・イェルネは1911年12月23日、イギリスのロンドンで生まれました。もともと両親はデンマーク西部の小さな島に住んでいましたが、1910年にロンドンへ引っ越していました。
ロンドンはグレートブリテンおよび北アイルランド連合王国とこれを構成するイングランドの首都です。
現在ではロンドンは最高水準の世界的都市として芸術、文化、商業、娯楽、教育など多岐にわたる分野で強い影響力を持つ都市として発展しています。

◆幼少期・学生時代

ニールス・イェルネは1911年にロンドンで生まれました。イェルネの両親はともにデンマークの西に位置する小さな島ファノ島の出身でした。両親は1910年にファノ島からロンドンへやってきました。
第一次世界大戦がはじまると一家はオランダへ引っ越します。イェルネは幼少期をアムステルダムで過ごしました。高校卒業後オランダの最古の大学であるライデン大学で2年間物理学を学びますが、医学の道に進みたいと思い直し、コペンハーゲン医科大学に入学し研究の対象を医学へと変更することにしました。
イェルネは1935年に学生でありながら結婚をし、2児を設けます。学生の身だったにもかかわらず妻と派手に豪遊し、生活費は実家の仕送りに頼っている状況でした。イェルネは1942年に医科大学を卒業し、学位を取得します。そのときイェルネの年は30歳を超えていました。イェルネの女性関係はとてもだらしなく、それに耐えかねた妻は自殺をはかり、亡くなってしまいました。
イェルネは、その後デンマーク国立血清研究所で働いた結果ジフテリアの抗毒素の理化学的な業績が高く評価されることになりました。

◆受賞に至るまでの逸話など

ニールス・イェルネはデンマーク国立血清研究所で勤務しているときにWHO(世界保健機関)からジフテリアと破傷風のトキソイドの国際基準を決めるという仕事を任されます。この時の研究で抗毒素は毒素と反応するとき多価物質であるという結果を得ました。そして2回、3回と免疫を繰り返すうち、その力が大きく増大することを示します。これはイェルネが免疫制御機構の理論を確立する糸口となっていきました。この研究においてイギリスの研究者J.B.ホールトは2回目以降の免疫は貯蔵されている抗体によるものという考えでしたが、イェルネは1回目の免疫においてもすでに貯蔵されている抗体が存在し、その抗体によるものではないかと考えました。
しかしジフテリアの抗毒素の研究を発表したのち、イェルネは国際基準化の仕事から距離を置いていきます。その変わりイェルネはバクテリオファージ(細菌を食うウイルス)の研究に熱中していくことになります。

1960年、バクテリオファージの研究を共にするために22歳のジム・ワトソンと26歳のG.ステントが参加することになります。ステントとイェルネはこの後も生涯を通じて交流を続けていく関係になりました。
イェルネは研究を進めるうちにT4ファージ抗血清の中にT4ファージを不活性化する抗体とそれとはまた別にファージの活性化を維持する因子があることを見つけます。そしてこの因子もまた抗体であると考えられました。それはT4ファージの免疫によってこの因子が1000倍に増えたということから確信に変わります。
この時イェルネは抗体が不活性化することで生体を守ろうとして生産されるのではなく、化学反応として生産されるということを理解することになりました。

イェルネが考えた免疫制御機構の理論では抗原はその抗原と反応することができる抗体を選択することができます。つまり生体内には抗原が侵入してきたとき対応する自然抗体を抗原自身が選択して抗原―抗体反応を起こす自然抗体があらかじめ体内に存在するという考え方を提唱しました。イェルネの記述によれば、抗体分子を増やす装置を備えた細胞に運ぶということになります。これにより免疫防御機構の理論が確立されていきます。

イェルネは理論派の学者として知られており、しっかりとした実験により集められた膨大なデータを基盤としていました。そしてイェルネはそのデータの解釈において非凡な才能を示しているといえるでしょう。
イェルネが免疫制御機構の確立を行ったことにより免疫学は大いに発展することになります。そしてモノクローム抗体の作成法の発見につながっていくことになります。そのためイェルネは「免疫学の巨人」といわれるようになりました。そして多くの大学で名誉博士号を授与され、学会の会員となっています。

終わりに

ニールス・イェルネは私生活が少々派手な部分もありました。しかし研究においては多くの実験をもとにしたデータの解釈において非凡な才能を見せます。このデータ分析とその解釈によって免疫学がさらに発展するための基礎を築くことになりました。

出典:(Wikipedia、引用)Niels Kaj Jerne(05,2021)

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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