ノーベル生理学・医学賞 1987年 利根川進 : 抗体生成の遺伝的原理を解明した日本の生物学者

利根川進は、日本人として始めてノーベル賞を受賞した生物学者です。自然豊かな町で伸び伸びと育った利根川は幼い頃から自然に興味があり、大人になってからもその好奇心を失うことなく研究者への道を選びました。そんな利根川進は1987年、抗体生成の遺伝的原理を解明したことによってノーベル医学賞を受賞しました。

○利根川進の生まれた町

利根川進は、1939年9月5日に母の実家のある愛知県名古屋市にて誕生し、その後は主に富山県で育ちました。
富山県は北陸地方の中心あたりに位置する、険しい山脈がそびえ立つ海に面した雪深い地域です。日本最大規模のダムである黒部ダムや、合掌作りの家屋が立ち並ぶ山村が有名です。県内にはいくつかの合掌造りの村がありますが、特に相倉の合掌造り集落は世界遺産にも登録され、世界中から観光客が訪れています。

○幼年期、学生時代

利根川の父は優秀なエンジニアでしたが、会社の都合により何度もの転勤を余儀無くされていました。母は教育熱心な人で、彼と兄により良い教育を受けさせるため田舎を出て、子供たちを東京の進学校へ入学させます。そして彼は京都大学へ進学しました。

○受賞に至る迄

京都大学で順調な学生生活を過ごすも、どことなく物足りなさを感じていた利根川。その当時アメリカでは分子生物学と言う分野の研究が盛んに行われていることを知り、強く関心を持ちました。そして、自らも分子生物学を本格的に研究すべくカリフォルニア大学へ留学し、そこで分子生物学の博士号を取得します。
その後もアメリカに留まった利根川は研究職に就き、発癌ウイルス(SV40)を使って遺伝子がどのように作用しているかの研究をしました。その研究でとても有意義な成果を残しますが、ビザの関係で数年間はアメリカを離れる必要があり、知人の勧めによりスイスに渡ります。スイスに免疫学の研究所が新設される事になっていて、免疫学は彼の専門外でしたが強い好奇心にかられたためそこへいくことに決めました。

抗体の多様性に気付いた利根川は、抗体によって作り出されている遺伝子が組み替えられ使い回されている可能性に着目します。当時はまだ、遺伝子とは作り変えられることのないもので、それがその人間が一個体であるということの証拠だという認識を誰もが持っていました。そのため利根川の理論は、常識を覆すものだったのです。
抗体に多様性があるという理論は、同じ日本人研究者の北里柴三郎によって過去に提言されていましたが、それを否定する理論も実証されていました。しかし利根川は、抗体に多様性があるということを、遺伝子レベルで細かく追求する事で解き明かす事ができると確信していたのです。抗体は白血球の一種とされるB細胞から作り出され、B細胞はY字の特殊な形をしており、病原体に犯されると形が変化するため観察にもってこいでした。

B細胞の変化を観察するため、生まれたばかりでまだ抗体を持っていないマウスと癌に犯され抗体を大量に生産しているマウスから同じようにDNAを採取します。そのDNAの抗体遺伝子を観察すると、同じはずの遺伝子が全く異なっている事がわかったのです。
それは即ち、生まれて間もないマウスと癌を患うマウスの遺伝子が組み替えられている事の証明となりました。成長するにあたり、組み替えることができるくらい多様な抗体を生み出しているということがわかったのです。それによって、僅か1000個程の遺伝子から100億以上もの抗体を作り出せることが明らかとなりました。

まだ36歳の無名な研究者が、分子生物学のメッカで偉大な成果をあげたことは世界中を驚かせました。そして各国の研究所からお呼びのかかった利根川は再びアメリカへ行き、遺伝子の研究をより追求するべく、抗体細胞の活性化及び体細胞再構成のメカニズムを追いました。そしてその頃、T細胞受容体の発見に至ったのです。これは現在も研究が重ねられている受容体ですが、未だに謎が多く詳しい役割や構造は突き止められていません。

これらの功績が認められ、利根川進は1987年にノーベル医学賞を受賞しました。彼は受賞時に過去の実績を振り返り、丹念に研究に打ち込む事が出来たのは、関心を強くひき出してくれた研究者仲間との出会いのおかげだと述べています。またそれに加え熱心に教育の機会を与えてくれた両親と、研究者としての自分を支えてくれた妻の存在の大きさについても話しています。そして研究者仲間からは、北里が発見した事を君が完結させたと言われ、それは研究者としてとても誇らしいことでありました。

○終わりに

遺伝子は固定されているという常識を覆し、研究者として華々しいスタートを切った利根川進。彼がこの研究結果を初めて発表したとき、会場中の人々がその内容に驚くと同時に、疑問を抱かせる隙もないほど綿密に詰められた理論に圧倒されたそうです。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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