ノーベル生理学・医学賞 1988年 ガートルード・エリオン:女性研究者の先駆けで、新薬に命をかけたアメリカ出身の薬理学者

ガートルード・エリオンは、アメリカ合衆国出身の薬理学者です。彼女が活躍していた時代は、女性が研究者になることはまるで夢物語かのように扱われていました。そんな時代に彼女はたった一人で研究を行い、しかも従来にはない新しい目線で研究に取り組み白血病の治療薬「メルカトプリン」を始めとした新薬をいくつも開発しました。それらの功績が認められ、1988年ジェームス・ブラック、ジョージ・ヒッチングスと共にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。

○ガートルード・エリオンの生まれた町

ガートルード・エリオンは、1918年1月23日にアメリカ合衆国ニューヨークにて誕生しました。
ニューヨークはアメリカの首都ワシントンをも凌ぐ巨大都市で、人口もさる事ながら巨大な金融都市として知られ、世界経済の中枢を担っています。たくさんの人が仕事を求めてやってくるニューヨークは、複数の言語が行き交って多様な文化が混じり合い、独自の雰囲気に満ちています。
ニューヨークの文化活動は多岐に渡り、ミュージカルや音楽など様々な分野で流行の最先端を形成しています。特に演劇がとても盛んで、マンハッタンの繁華街に広がる劇場群の「ブロードウェイ」は演劇のメッカと言えるでしょう。

○幼年期、学生時代

ユダヤ系移民の比較的裕福な両親の下で生まれ育ち、なんの不自由もなく家族や友人に囲まれた少女時代を送りました。そんな彼女が医学への興味を持ったのは、最愛の祖父が癌に冒されたことがきっかけでした。
しかし、裕福であった家庭はウォール街大暴落と父の投資の失敗により貧しくなります。
父は投資には失敗しますが歯科医であり、信頼してくれている患者もいたおかげで何とか生活を凌いでいました。それにエリオンは優秀な学生であった為、公立のニューヨーク市立大学に入学する事ができました。

○受賞に至る迄

大学では物理学と工学を学びます。高い志を持つ友と出会うなど、非常に有意義な学生生活を過ごしました。同級生の多くは教師となる一方で、彼女は大学院への進学を希望します。しかし残念ながら進学には至らず、この時はまだ本格的な研究を始めることも出来ませんでした。

それでも諦めずにいくつもの大学や研究所の助手の求人に応募しましたが、どんなに優秀であってもエリオンが女性であるというだけで門戸が閉ざされてしまうのでした。それでもなんとか仕事を見つけて生活を繋ぎます。助手を求める化学者と出会い、低待遇ではあっても経験を得る事ができればそれで構わないとばかりに、少しずつキャリアを積み上げていきました。

その後ようやくニューヨーク大学の大学院へと進学し、化学の修士号を取得しました。クラスで女性はエリオンだけでしたが、そこに集まっているのはみな研究者を目指す同志であるため、彼女がそこにいることに疑問を抱く者は誰もいませんでした。化学の専門家としてやっていく上で、性別など問題であるはずがないのです。

しかし大学院卒業後も研究職にはなかなかありつくことが出来ず、一般の企業に就職したこともありました。しかし研究者としての道を諦める気はなかったエリオンは、この頃に共にノーベル賞を受賞したジョージ・ヒッチングスの助手を始めました。そこでようやく本格的に、研究者としての仕事が始まったのです。

ジョージ・ヒッチングスと共に研究を行っていく中で、彼女はウィルス学へ強い関心を持ちそれが新薬開発への第一歩となりました。

エリオンたちのチームは従来の研究方法に拘らず、生化学的に正常な人間の細胞と病原体の違いを利用し、人間の細胞を執拗に傷付けることなく病原体を殺し増殖を抑えていく方法を実践していきました。そしてそのやり方が功を奏し、後天性免疫不全症候群(HIV)の治療薬「ジドブジン」の開発に躍進をもたらします。エリオンはこの方法を多くの薬品に適応させ、様々な新薬の開発にあたりました。

また、エリオンは大の旅行好きでもありました。世界中を旅行して、見た事のない風景や文化に出会うことで研究のインスピレーションを得たり、普段と全く違う環境に身を置くことでよい息抜きができたりと、旅行は彼女にいい影響を与えてばかりだったそうです。そのほかには、オペラや演劇も嗜む音楽や芸術にも造形が深い人物でした。

そしてこれらの功績が認められ、1988年に同じく薬品開発の功績を残したジェームス・ブラック、ジョージ・ヒッチングスと共にノーベル医学賞を受賞しました。

○終わりに

女性であるというだけで研究環境になかなか恵まれなかったガートルード・エリオン。しかし第二次世界大戦が勃発し、男性がみんな徴兵されてしまうという皮肉な幸運のためポストが空き、実力を発揮できる機会を得られたのです。そうでもしないと研究者になれなかったなんて、当時の女性の苦労が伺えます。
そんなガートルード・エリオンは、1999年2月21日に81歳でこの世を去りました。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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