ノーベル生理学・医学賞 1991年 エルヴィン・ネーアー:ベルト・ザクマンと共に細胞体を測定する実験法を発見した研究者

エルヴィン・ネーアーは、ドイツ出身の生物物理学者です。1991年に『細胞内に存在する単一イオンチャネルの研究と測定法の発見』で細胞生理学者のベルト・ザクマンと同時にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。そんなエルヴィン・ネーアーの受賞までの道のりについて解説していきます。

◆エルヴィン・ネーアーの生まれた町

エルヴィン・ネーアーは、1944年3月20日にドイツのバイエルン州にあるランツベルク・アム・レヒで生まれました。
ランツベルク・アム・レヒは、ランツベルク・アム・レヒ郡の郡庁所在地です。約400キロメートル続く街道ルート・ロマンティックが通り、ドイツで最も日照時間の長い都市と言われています。

※ミュンヘンの門

町のシンボルであるレヒ川沿いには歴史的旧市街が広がり、川沿いの景色は古くから変わらない美しさを保っています。また、宗教的な建築物が数多くあり「ミュンヘンの門」「マリア被昇天教会」「マリア礼拝堂」「彩色瓦屋根のシュマルツ塔」「カロリーネン防壁」などが有名です。

◆幼少期、学生時代

エルヴィン・ネーアーは、酪農会社を経営していた父フランツと教師の母エリザベスの間に生まれた、3人兄弟の末っ子です。
10歳になるとミンデルハイムにあるカトリック系の中高一貫校、マリストカレッジに入学します。教育熱心な教師が多く、勉強を教えるだけでなく生徒一人一人の個性を伸ばす方針がよかったとネーアーは語っています。
マリストカレッジ在学中は生物学や物理学や数学に興味を持ち、様々な文献を読むことに没頭しました。特に夢中になったのはサイバネティックス(人工頭脳学)に関する本で、大学受験をする頃にはすでに将来の夢は生物物理学者に決まっていて、物理学と生物学の勉強をしていました。

1963年にミュンヘン工科大学へ入学し、物理学を専攻します。ミュンヘン工科大学は通常の講義に加え、大量の課題がタイトなスケジュールで課されるのが特徴で、この頃の経験が研究者として仕事をしていく上でとても役立ったようです。
物理学を学ぶ最中、ネーアーはだんだんと生物物理学に興味を示すようになります。そのとき、学者や大学院生や研究者らを対象とした国際交換プログラムおよび奨学金制度「フルブライト奨学金」の存在を知り、応募しました。
1966年に無事、奨学金を授与されたネーアーは、アメリカのウィスコンシン大学マディソン校の生物物理学研究室で学ぶこととなりました。WWビーマン教授の元で研究を行い、たった1年程度で理学修士号を取得します。この時点でネーアーは、自分の進路を物理学よりも生物学の勉強のほうに舵を切ることを決めました。

◆受賞に至るまで

1967年にミュンヘンへ戻ったネーアーは、働きながら生物物理学の博士号を取得できる研究室を探します。そして、ドイツを代表する学術研究機関であるマックス・プランク研究所を見つけました。

マックス・プランク研究所では、神経生理学者ハンス・ディーター・ラックスの研究室へ参加します。当時のラックス博士の研究テーマは「運動ニューロンのシナプスメカニズム」と「カタツムリニューロンのイオン電流の調査」でした。
そしてこの研究室で、後に共同研究を行うベルト・ザクマンに出会うのです。ザクマンはネーアーらの行った神経の基本的なメカニズムの研究に大変興味を持っていて、ネーアーは「カタツムリニューロンのシナプス電流を電圧クランプする方法」をザクマンに伝授したり、活発に議論を交わしたりして友情を深めました。
その後ザクマンはロンドンへ移りましたが、1973年にマックス・プランク研究所で再会します。当時、ネーアーは物理化学の研究室に参加しており「人工膜での単一チャンネル記録」の経験を積んでいました。一方ザクマンには神経筋接合部に関する経験があったため、2人は「単一イオンチャネルの測定法」について共同研究を行うことにしました。

ネーアーは1976年から1年間、イェール大学のチャールズ・スティーブンス研究所で働きつつ、単一イオンチャネルに関する研究を続けました。そして彼がマックス・プランク研究所に戻ってからはオットー・クロイツフェルトらが、若い研究者のための研究所を立ち上げます。

そこには同世代の優れた研究者が集まり、議論や共同研究が活発に行われていました。ネーアーとザクマンの研究にもたくさんの人が協力してくれて、1980年代初頭には、単一イオンチャネルを測定する「パッチクランプ法」が開発されました。パッチクランプ法とは、細胞膜に最小限の漏洩電流を流すことで細胞体を測定する方法のことです。この発見により、基本的な細胞のプロセス(活動電位や神経活動など)におけるイオンチャネルの関わりについての理解がとても深まりました。近年では、シナプス前終末や樹状突起・軸索のような神経細胞の極微小な領域も、この方法を応用した手法で測定することが可能になったのです。

ネーアーとザクマンは、この「パッチクランプ法に関する研究」で1991年度のノーベル生理学・医学賞を共同受賞しました。
私生活では、科学者のエヴァ・マリア・ネアーと1978年に結婚し5人の子どもに恵まれます。妻エヴァはネーアーを支えるために科学者のキャリアを諦め、長年に渡り夫を支え続けました。

◆終わりに

エルヴィン・ネーアーは、細胞生理学者ベルト・ザクマンの共同研究により『パッチクランプ法』を発見しました。この手法は近年の神経細胞の直接記録にも応用されており、電気生理学・神経科学領域にとってなくてはならないものとなっています。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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