ノーベル生理学・医学賞 1992年 エドヴィン・クレープス:エドモンド・フィッシャーと共にホスホリラーゼを研究した生化学者

エドヴィン・クレープスは、アメリカ出身の生化学者です。1992年に『可逆的タンパク質リン酸化による細胞プロセス調節スイッチの発見』でノーベル生理学・医学賞を受賞しました。この受賞はエドモンド・フィッシャーとの共同研究によるもので、同時受賞しています。そんなエドヴィン・クレープスの受賞までの道のりについて詳しく解説していきます。

◆生年月日、生まれた町、生まれた町の概略

エドヴィン・クレープスは、1918年6月6日にアメリカ合衆国アイオワ州のランシングで生まれました。
ランシングの町名は、最初の開拓者がミシガン州ランシング出身であったことに由来します。また、輸送会社・ダイアモンドジョー蒸気船ラインの最初の船が作られた場所でもあり、ランシングと名付けられた蒸気船が存在しました。
ミシシッピ川が印象的な川の町で、博物館やブラックホーク橋、美しい景観を目当てとする観光客が多く訪れます。

◆幼少期、学生時代

エドヴィン・クレープスは長老派教会の牧師である父ウィリアムと、教師の資格をもつ母ルイーズヘレンの間に生まれました。父の仕事の関係で一家は何度も引っ越しを行っていましたが、やがてイリノイ州のグリーンビルに落ち着きます。
しかし、クレープスが15歳になった1933年に父が突然亡くなりました。母は大きなショックを受けながらも、子供たちには高度な教育を受けさせたいと考え、グリーンビルを出ることを決心します。そして、クレープスの兄が住むイリノイ州アーバナに移住しました。

※イリノイ大学(イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校)

アーバナで高校に入学したクレープスは、1936年に科学を学ぶためにイリノイ大学(現在のイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校)へ入学します。彼には「有機化学の高度な研究を行う道」と「医科大学院に進学する道」の2つの選択肢がありました。医科大学院への進学には経済的な不安がありましたが、奨学金を受け取ることが決まったためセントルイスのワシントン大学医科大学院へ入学します。
ワシントン大学医科大学院では基本的な医学研究はもちろん、内科医としての経験も得ることが出来ました。

◆受賞に至るまでの逸話など

卒業後のクレープスは、セントルイスのバーンズ病院で内科研修を受けました。その後、アメリカ海軍の医官となり診療所に勤務します。戦争が終わり1946年に除隊されると、再びバーンズ病院へ戻りました。
クレープスは研修を継続し内科医になることを目指しましたが、希望者が多くすぐに職員として勤務することは難しい状況となっていました。そこで、W・B・ウッド博士の助言に従い、基礎科学を勉強する期間に当てることにします。

基礎化学のなかでも生化学を専門とすることに決めると、カール・コリとその妻ガーティー・コリの研究に加わることになりました。夫妻は1947年に『炭水化物代謝におけるグルコースの役割』の研究でノーベル生理学・医学賞を受賞した科学者です。クレープスは彼らと共に『プロタミンとウサギの筋肉ホスホリラーゼとの相互作用』について研究しました。2年間の研究が終了する頃には生化学の研究に夢中になっており、当初希望していた内科医ではなく生化学者の道に進むことを決めます。
そして1948年、クレープスはシアトルのワシントン大学から生化学の助教授として招かれます。1953年になるとエドモンド・フィッシャーが研究に加わり、その後クレープスとフィッシャーは、『ホスホリラーゼ』の共同研究をスタートしました。

※『ホスホリラーゼ』の図

『ホスホリラーゼ』はある化合物と無機リン酸とを基質として、その化合物をリン酸化・加リン酸分解する酵素のことです。クレープスとフィッシャーは、ホルモンとカルシウムが引き起こすホスホリラーゼの活性化・不活性化の相互転換のメカニズムを観察し、『グリコーゲンホスホリラーゼ』と名付けます。そして、この研究結果からタンパク質を可逆的にリン酸化させることを証明しました。
さらに、筋肉を使用した実験ではタンパク質のリン酸化する反応とリン酸化を外れる反応が切り替わることによって、情報伝達に影響を及ぼしていることが判明します。
この『可逆的タンパク質リン酸化による細胞プロセス調節スイッチの発見』により、クレープスとエドモンド・フィッシャーは1992年度のノーベル生理学・医学賞を受賞しました。また、クレープスはガードナー国際賞・パサノ賞・アルバート・ラスカー基礎医学研究賞・ルイザ・グロス・ホロウィッツ賞・ウェルチ化学賞なども受賞しています。

◆終わりに

エドヴィン・クレープスはエドモンド・フィッシャーと共に『可逆的なタンパク質リン酸化のメカニズム』を発見しました。研究者として有名なクレープスですが、後年は教育への関心が高まり、カリフォルニア大学デービス校・ワシントン大学で学部の運営に携わっています。

参考:
エドヴィン・クレープス
Lansing, Iowa
ホスホリラーゼ

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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