ノーベル生理学・医学賞 1996年 ピーター・ドハーティー:現代における癌の研究の基礎を築いた研究者

ピーター・ドハーティーはオーストラリアの医学者です。1996年に『細胞性免疫防御の特異性に関する研究』でノーベル生理学・医学賞を受賞しました。そんなピーター・ドハーティーの受賞までの道のりについて詳しく解説していきます。

◆生年月日、生まれた町、生まれた町の概略

※ブリスベンの景観

ピーター・ドハーティーは1940年10月15日、オーストラリアのクイーンズランド州ブリスベンで生まれました。

ブリスベンはクイーンズランド州の州都です。シドニー、メルボルンに次いでオーストラリア第三の都市でもあり、オセアニアの中でも有数の世界都市です。現在国内外から移民を受け入れており、オーストラリアで最も人口増加率が高く、急速に発展している都市・地域になります。

◆幼少期、学生時代

※クイーンズランド大学

読書やテニス、釣りなどを親しむ少年時代を過ごしていたドハーティーは、ある時獣医学校の公開日に参加します。そこで初めて生物学に触れ、興味を持った彼はブリスベンのクイーンズランド大学に入学して獣医学を学んでいくことになります。

◆受賞に至るまでの逸話など

大学卒業後、ドハーティーはクイーンズランド州の農林水産省で数年間働くことになり、そこでは原因不明の病気により死亡した牛や豚、性病の牛などの調査を行なっていました。その後は州の獣医学研究所で働き、ウシレプトスピラ症に関する大規模な実験を行いました。この実験では数頭の牛にレプトスピラを注射した後、群れ全体に病気が広がっていく過程を観察しました。

その後、ドハーティーがウイルス学に興味を持っていることを知った研究所は、ウイルス学の基本的な技術を学んでもらうために彼をメルボルンへと派遣します。メルボルンの研究所ではウイルス学グループに在籍し、ウイルスの病因に関する研究を行なっていきました。
その後、彼はさまざまな大学に研究拠点を移し、ウイルスに関する研究を続けていきます。

後年、ドハーティーは免疫システムに焦点を当てて研究を進めていきました。その結果、彼はノーベル賞共同受賞者のロルフ・ツィンカーナーゲルとともにT細胞が主要組織適合性複合座(MHC)プロテインとターゲットの抗原を認識する方法を発見します。この発見は感染症のワクチンや医薬品だけでなく、炎症性疾患や癌の研究に対する重要な基礎となり、医学の将来に大きく影響を与えました。この研究の功績から、1996年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。

◆まとめ

長年にわたりウイルスの研究を行ってきたピーター・ドハーティー。彼の研究はワクチンの開発や癌の研究にもつながり、医学に大きな進歩をもたらしました。

出典:Wikipedia ピーター・ドハーティー

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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