エリック・クラプトン:ミスタースローハンド!

エリック・クラプトンはロックとブルース、2つの殿堂入りを果たしているスーパーギタリストでイギリス政府から大英帝国勲章のコマンダーも受勲しています。白人からも黒人からもインスパイアされるミュージシャンとして世界中の音楽家に多大な影響を与え続けているのです。

伝説的バンド、ヤードバーズ

クラプトンは、1960年台に結成された伝説的ロックバンド、ヤードバーズの2代目ギタリストとしてデビューします。当時のヤードバーズはどちらかと言うとブルース色の強いロックバンドでした。

ステージではアドリプを効かせた演奏がメインで、1曲10分を超えるようなものもザラにあったのです。テクニック的にも才能的にも注目されたヤードバーズですが、時代と逆行するようなアプローチではセールスは見込めません。
そこで、当時のマネージャーはよりポップで一般受けする曲をバンドに求め、ヤードバーズの方向性は大きく変わることになります。もっとブルースを追求したいエリックと商業的成功を望む他のメンバーとの意識のずれから、1963年エリックはヤードバーズを去ることを決意します。

彼はここから様々なグループでその才能を発揮し、更に磨いていく事になります。

ブルースギターとして

ギターの可能性を求めるクラプトンは、積極的にいろいろなセッションに参加します。ヤードバーズを辞めたあと、まずは伝説的ブルース・ボーカリスト、ジョン・メイオール率いるブルース・ブレイカーズに加入します。この頃からクラプトンのブルースギタリスとしての評価は次第に高まっていき、ファンだけでなく同業のミュージシャンたちからも一目置かれる存在となっていきます。

ブルース・ブレイカーズとして1枚のアルバムを発表したのち、1966年クリームを結成します。ボーカル・ベースにジャック・ブルース、ドラムスにジンジャー・ベイカーを加えたこのバンドは、ロック史上もっとも偉大なトリオであるとも言われており、わずか2年の活動期で4枚のアルバムしか発表されなかったにもかかわらず、その後もライブやベスト盤が10枚もリリースされ続けるなど後続のミュージシャンに大きな影響を与え続けています。

クリーム解散後クラプトンが参加したバンドは、さらに強力なラインナップを揃えたバンドでした。結成時のプレスリリースには、スーパークリームというキャッチコピーも付けられたブラインド・フェイスには、クリームからはギターのエリック・クラプトン、ドラムスのジンジャー・ベイカーが、ボーカル、キーボードには元トラフィックのスティーヴ・ウィンウッド、ベースにファミリーのリック・グレッチの4人が参加しました。

1969年に発売された「Blind Faith」は世界中で成功を収めましたが、わずか半年足らずで解散してしまいます。
その後、クラプトンは、ブラインド・フェイスのアメリカツアーで前座を務めたデラニー&ボニーを気に入りアルバムを1枚発表しますが、さらなる可能性を求めて活動の拠点をアメリカに移します。

アメリカ南部で本場のブルースやサザン・ロックを肌で感じたクラプトンは、デラニー&ボニーのメンバーを引き抜き、新しくデレク&ドミノスを結成。オールマン・ブラザース・バンドのデュアン・オールマンをゲストに加え、アルバム「Layla and Other Assorted Love Songs」を発表します。

しかし、このバンドも長続きすることはなく、メンバーとのいさかいから2枚目のアルバムを発表することなく解散してしまいます。
その後は、バンドという形体を取ることはなく、サポートメンバーを招集してのソロ活動がメインになっていくのです。

ソロ時代

ソロになったクラプトンは、元ビートルズのジョージ・ハリスンとセッションをしたり映画音楽を提供したりとさまざまな分野にチャレンジしていきます。

2000年になってからもクリームの再結成ライブや、ブラインド・フェイスのスティーヴ・ウィンウッドとライブを行うなど精力的に活動しておりライブ・アルバムもリリースしています。

また、この頃はクラプトンの歌唱力にも注目された時代です。後述するアルバム「Unplugged」ではグラミー賞の最優秀ロックボーカル・パフォーマンス賞を受賞し、プレイヤーとしてだけでなくボーカリストとしてのクラプトンの実力も評価された形になったのです。

いとしのレイラに隠されたエピソード

いとしのレイラがビートルズのギタリストであるジョージ・ハリスンの妻、パティ・ボイドに捧げられた曲であることは有名です。当時、親友であったジョージの妻に恋をし、最終的には結婚してしまったエリックとその切ないまでの思いが詰まったレイラは世界中で大ヒットしました。

ところが、結婚生活はクラプトンのアルコールと薬物、それに度重なる浮気によってわずか10年で破局を迎えることになります。のちに発表されたクラプトンの自伝によると、パティと結婚したのは財力、名声、美しい妻とすべてを持っていたジョージに嫉妬が原因ということでした。

また、パティには7歳下の妹がおり、彼女もクラプトンと相思相愛であると信じていたようです。ところがレイラの歌詞を聞き、自分が姉であるパティの代わりでしか無いことを知り、身を引く決心をします。

愛器ブラッキーの売却

ギターコレクターとしても有名なクラプトンは、たびたび自身のコレクションをオークションに出品しています。1999年にはニューヨークのオークションに104本のギターを出品し、その中には、レイラで使われたストラトキャスター、通称ブラウニーも含まれていました。

その後、2004年にはクラプトンの代名詞とも言われる黒のストラトキャスター、ブラッキーが出品され当時、プレイヤーが存命しているエレキギターとしては最高額の95万ドル以上の価格で落札されたのです。渋く艶のあるトーンが特徴のブラッキーですが、実は1本100ドル程度の3本のストラトを組み合わせて作ったものでクラプトンが使い続けたからこそ価値が上がったギターなのです。

なお、プレイヤーがすでに亡くなっているエレキギターでは、1998年の競売でマイクロソフト社のポール・アレンが落札したジミ・ヘンドリックスのストラトキャスターが200万ドル、特別なアニバーサリーギターで言えば、2004年のスマトラ地震のチャリティーで多くのミュージシャンがサインしたストラトが270万ドルという記録を持っています。このギターにはローリング・ストーンズのフロントマン3人の他、エリック・クラプトン、ジミー・ペイジ、ジェフ・ベック、アンガス・ヤング、リッチー・ブラックモア、ポール・マッカトニーなど、そうそうたるミュージシャンがボディに肉筆のサインを施しています。

クラプトンのおすすめアルバム

いつ、どのアルバムを聞いても損はしないと言えるほどクラプトンが残した作品は素晴らしいものが多いと言われています。クラプトンが自身のバンド、ソロで残したアルバムはスタジオテイクだけで実に50作品にも及びます。

その中からベストな1枚を選ぶのはとても大変な作業ですがバンド時代、ソロ時代と分けて選ぶとすれば前者にはクリームの「Wheels of Fire」、デレク&ドミノスの「Layla and Other Assorted Love Songs」、後者には「Slowhand」、「Unplugged」といった作品を挙げるファンが多いようです。

結果的にどれも長続きしなかったバンド時代ですが、それだけ才能のあるミュージシャンたちと切磋琢磨し、ギリギリのテンションで音楽と向き合っていたのだと思います。超絶テクニックがぶつかりあったクリームのサード・アルバム「Wheels of Fire」にはスタジオテイクとライブテイクが収録されており、スタジオテイクでは壮大なギターリフで始まる「White Room」、ライブテイクでは3人のスーパーミュージシャンのぶつかり合いが感じ取れる「Cross Road」を聴くことができます。

「Layla and Other Assorted Love Songs」は、ゲストにデュアン・オールマンを迎えたアルバムでタイトル・ナンバーの後半のソロではクラプトンと比べても遜色の無い、存在感あふれるスライド・ギターを披露しています。
クラプトンのニックネームをそのままアルバムタイトルにした「Slowhand」ですが、発売当時ビルボードチャートで2位を記録しています。それまでソロ時代の名盤と言われていた「461Ocean Boulevard」を越えたアルバムとしてファンにも評論家からも絶賛されました。

このアルバムには、親友ジョージから略奪した形で結婚した妻パティから影響を受けて作られた「Wonderful Tonight」が収録されています。クラプトンの代表曲とも言える名曲で、フェイバリット・バラードに挙げる人も多い作品です。

アコースティックでクラプトンの歌が冴える「Unplugged」は、大ヒットした「Layla」のアコースティックバージョンを聞くことができます。原曲はサザン・ロック色が強かったのに対し、よりブルージでおしゃれなアレンジが施されています。ソロも当然アコースティック。クラプトンのギターテクニックを嫌という程堪能できる1枚です。

現在のエリック・クラプトン

1つの歴史を作ってきたクラプトンですが、この記事を書いている2018年現在73歳。
いまだ公演などで元気な姿を見せてくれていますが最近のインタビューによると聴覚障害などの影響から、以前のようにギターを弾くことが困難になっているのだそうです。
まだまだ、元気にスローハンドとしての歴史を紡いていってほしいと願います。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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