• HOME
  • 記事
  • ビジネス , 企業
  • ルノー : 過去から未来までのビジョンを訪ねる ~フランス発 先進性と安全性を求めた国民車への道~

ルノー : 過去から未来までのビジョンを訪ねる ~フランス発 先進性と安全性を求めた国民車への道~

1. 概要

芸術の国フランス。幾多の歴史を糧として育て上げてきたフランス車の伝統は、ワインの醸造と熟成のようなしなやかな乗り心地と、柔らかさが心地よいシートにあると言われています。
パリに本社を置く「ルノー」はフランスを代表する世界屈指の自動車メーカーです。2018年上半期6か月の世界販売台数は、ルノー連合で捉えるとフォルクスワーゲングループを抑えて世界首位に立ちました。
自動車産業の黎明期に産声を上げた老舗ルノーの歴史を探訪して行きます。

2. ルノーの産声と歴史

◆ルノーの誕生まで

18世紀、蒸気機関を動力源とした自動車が出現するとその1世紀の間に様々な蒸気自動車が製作されました。
そしてこの蒸気自動車は、フランスの軍事技術者であったニコラス・ジョセフ・キュニョーが3輪の砲車を作ったのが最初とされています。
ルノーの創業者「ルイ・ルノー」は、ボタン工場を経営する中産階級の家庭で5人兄弟の4番目として育ちました。彼は幼い頃から機械いじりとその好奇心の先にある工学や力学に魅せられて、蒸気自動車工場で長い時間を過ごしたり、別荘で、1890年にガソリン自動車をフランスで最初に製作した自動車メーカーであるパナール社製の古いエンジンを分解組立したりして楽しんでいました。

さて、ルノーの歴史のスタートは1898年までさかのぼります。
この当時、手軽さと低価格を利点としてヨーロッパで最もポピュラーな自動車となっていたのは、自転車を改造して小型エンジンを取り付けたド・ディオン・ブートン3輪乗用車でした。
ド・ディオンと言う呼称は、現在の自動車のサスペンションの形式にも使われています。ド・ディオン型サスペンションはリヤアクスルとデフケースを別体とする、後輪の車軸懸架式サスペンションの形式で、元々は蒸気自動車の時代に考案された設計です。

◆「ダイレクト・ドライブ・トランスミッション」の発明

ルノーはこの既存の3輪車を更に4輪に改造する過程で、独自の開発を果たしました。それは、「ダイレクト・ドライブ・トランスミッション」と呼ばれる駆動システムです。
それまでの自動車の駆動システムは、エンジンの動力をベルトで変速機に伝達し、変速機の出力をチェーンによって後輪に伝達していました。この方式はベンツ方式とも呼ばれます。
それを現在のマニュアル・トランスミッションの駆動システムと同じように、変速機→プロペラシャフト→減速ギヤへとつながる駆動力伝達機構を発明したのです。
この4輪車でパリの石畳の坂道、モンマルトルの丘を悠々と走りきって見せたことが、ルノー創業の始まりです。ルイ・ルノーは自分が開発したこの自動車を小さな車の意味である「ヴォワチュレット」と呼んでいました。
この発明の特許を取得したことがルノー社発展の礎となりました。
創業当時は自動車販売以上に、この特許による巨額のライセンス収入によって財を築いたのです。ルイ・ルノーはその後も立て続けに新技術を開発して特許を取得し、「ムッシュ・ブルヴェ (特許) 」の称号を得ていたと言います。
ルイ・ルノーは小型自動車「ヴォワチュレット」を販売することで商業的成功に至り1899年に2人の兄、マルセルとフェルナンと共に「ルノー兄弟社」を設立しました。
2人の兄の商才とルイのクルマ創りの才能が融合し、会社はあっという間に拡大して行きます。

◆20世紀ルノーの歴史 : 発展と第一次世界大戦の影響

1900年代のルノーは、フランス政府が小型車量産政策を採った幸運な流れと相まって躍進して行きます。
やがてフランス国内では100を超える販売代理店網を構築し、諸外国への輸出も実現して、製造工場をロシアに構える海外進出を果たすまでに到りました。
そのような経緯を経て、世界最古の量産自動車メーカーであるプジョーを抜き去りフランス最大の自動車メーカーとなり、そして自動車だけに留まらず、航空機、小型船舶、戦車や装甲車の開発と生産も行うまでに拡大しました。
これは、1914年に開戦した第一次世界大戦を起因とする戦争特需の現象と深く関わっています。ルノーの発展は人々の屍の上に成り立った現実と側面もあるのです。
第一次世界大戦中にルノーがフランス軍に与えた最も大きい影響は、FT-17軽戦車の開発でした。フランス陸軍省は戦車の製造をルノー1社だけに委託したそうです。
ルイ・ルノーはクルマ創りの思想を戦車の開発に導入しました。
他の戦車のメーカーが大量生産と言う概念を持っていなかった状況で、自動車の製造手法と同様に、コストマネージメントとシンプルな設計を当てはめることで小型軽量化に成功し、その上乗員を2名にすることまで成し遂げました。この軍事面での貢献によって、ルイ・ルノーはレジオンドヌール勲章を受勲したのです。

◆20世紀のルノーの歴史 : 第2次世界大戦による苦難とルイ・ルノーの不運

第1次世界大戦の終結は、ルノーを取り巻く環境に大きな変化がもたらされました。
それは、戦争特需の享受の終了と、近隣国であるイギリスやドイツからの自動車の輸入台数の増加、そしてフランス国内のライバルメーカーであるプジョーやシトロエンが、生産する車種を絞り込み1車種あたりの生産性の向上とコストダウンを産み出して価格競争力を高め、量産効果を追いかける手法で業績を伸ばしてきたのです。
しかしルノーは世界恐慌の経済状態になっても旧態然とした、バリエーションは豊かであるけれど少量生産にとどまるという事業形態にメスを入れず、やがてフランス国内での地位を下げて行きました。彼らはもはや革新者ではなくなったのです。
そして、第1次世界大戦の終結から20年の後に再び勃発した戦火、第2次世界大戦により、ルイ・ルノーの命運は激しく揺り動かされます。
1940年、ナチス・ドイツによる侵攻によってフランス軍の防衛線は崩壊し、パリを含むフランス北部はドイツの占領下となりました。そのとき、ルノー社はドイツから土地や建物を強制的に取り上げられる接収に遭いましたが、ルイ・ルノーはナチス・ドイツ軍から従業員と生産工場を守りきるために、占領軍への協力行為を取らざるを得ませんでした。
フランスの歴史上ではこの行為を、協力者を意味するコラボラシオン、略してコラボと呼んでいます。
1944年、連合軍によって成し遂げられたパリの解放後、パリ市民自らコラボラシオン狩りに乗り出し、対象者は暴行、殺害、私刑を受ける混乱もありました。中にはドイツの協力者と誤認された濡れ衣で被害にあった市民も多数いたそうです。戦争には様々な形の悲劇と犠牲があります。
余りにも急展開なお話です。ルイ・ルノーはコラボラシオンとして告訴逮捕され、拘束からわずか1ヶ月後に刑務所で死を迎えてしまいました。彼の身体からは脳挫傷、尿毒症が観察され、刑務所で虐待を受けていたとの説もありますが、何の調査もされませんでした。
自動車産業黎明期の先駆者であり、後世に残る画期的な技術を開発したルイ・ルノー。その最期は、理不尽な幕切れでした。
今改めて、彼の無念に合掌します。

3. ルノーのスピリット

◆真面目なクルマ創り

第2次世界大戦が終結した後、創始者の悲しい死と生産設備の喪失の2重苦に陥ったルノーは、ジャンヌ・ダルク、ナポレオン1世と共にフランスの3大英雄の1人として称えられているシャルル・ド・ゴール将軍の行政命令によって「ルノー公団」に姿を変えて、国営化されました。
紆余曲折の後、1996年に完全民営化されるまで、長らく国営企業だったからと言う訳ではありませんが、ルノーは真面目なクルマ創りで知られています。その真面目さは、安全性に関して他メーカーを遥かに凌ぐこだわりの歴史が証明している気がします。

◆安全に対するコミットメント

4輪ディスクブレーキを量産車に世界で初めて採用したのは、1962年にルノーが生産・販売を開始した「8」 (フランス語発音 ユイット)です。
地に足ついて先進技術を世の中に波及しています。
ヨーロッパで実施されている自動車安全テストにユーロNCAP (European New Car Assessment Programme) があります。
近年のユーロNCAPの評価でもルノーの車種が最高評価の5つ星を数多く獲得しています。
ルノーの安全に対する公約は以下の言葉です。
「ルノーのクルマ創りの中心は、人への配慮です。
人がクルマに合わせるのではなく、クルマが人に合わせるべきだと言う理念を掲げています。
人々の命の重さこそが、技術的な発展を支えています。」
そう、人の命は地球より重いのです。

4. ルノーのモデルラインアップ

◆全体像

時空を超えます。2018年現在生産されているルノーの車種の中から代表的なものをご紹介して行きましょう。
フランス車の良さを知るには、フランスと言う国であり人を理解することから始めるほうが近道でしょう。
フランスの人々が求めるのは、美しさと合理性の両立です。この信念の具現化がどの機種にも共通して表現されています。
そしてエンジンは、ターボと言う装置を使うことにより、排気量を小型化して燃費を良くしようとする考え方である、「ダウンサイジング・ターボ」を中心に据えています。つまりエコロジーの道を選んでいます。

◆トゥインゴ

TWINGOは0.9Lターボエンジンと6速EDC (エフィシエント・デュアル・クラッチ・トランスミッション) を搭載しています。現行モデルは3代目で5ドアハッチバックのボディタイプです。
最小回転は半径が4.3mで、抜群に小回りが効きます。スムーズな加速と細く入りくんだ道でもきびきびした走りができる、パリの石畳が似合う洗練された個性的なデザインに仕立てられています。

◆ルーテシア

LUTECIAは、恋に落ちるクルマと言う何ともロマンチックなコンセプトで、優美なエクステリアと感性に語りかけるようなインテリアを備えている、5ドアでありながらクーペのような流麗なデザインです。
パワートレインは1.2L直噴ターボエンジン+6速EDCの組み合わせと0.9Lガソリンターボエンジン+5速マニュアル・トランスミッションをラインアップしています。いずれのパターンも小気味良い加速で街中を走り抜けます。
美しさと合理性の両立を追求するフランスの人々の生活に、ピッタリと適合する機能美を持っています。

◆メガーヌ

MEGANEが採用している独創的な4輪操舵システムは、ルノーのモータースポーツ部門であるルノー・スポールが生み出した、低速でも高速でもドライバーが思い描く理想のコーナリングレスポンスを実現する、革新的なテクノロジーです。
パワートレインの1.6L直噴ターボエンジン+7速電子制御ATは、力強い走行性能を発揮して、運転することの魅力を実感させてくれます。

◆カングー

KANGOOは、フランス生まれの遊びの空間です。開放的な空間は、使い勝手の良さと快適さを両立しています。
6速EDCと6速MTのどちらか選べる2つのトランスミッションと、1.2L直噴ターボエンジンの組み合わせは、どこまでもみんなでドライブを続けたくなる爽快な走りです。
2.0Lクラスの加速感が味わえる「1.2L直噴ターボエンジン」を組み合わせ、どこまでもみんなでドライブしたくなる爽快な走りを実現しました。

◆機構の説明

~ 6速EDC (エフィシエント・デュアル・クラッチ・トランスミッション) ~
6速EDCは奇数段のギヤを受け持つ出力軸と偶数段のギヤを受け持つ出力軸を配して、それぞれにクラッチを配置することで高速な変速を行う自動マニュアル・トランスミッションです。
従来型では、クラッチが切れている間に変速動作が入るのである程度の時間がかかりますが、EDCはあらかじめ変速を済ませておいてクラッチをつなげ変えるので、駆動力の途切れる時間が非常に短いのです。

5. ルノーの未来へのビジョン

◆ルノーのロボットカー3部作

今年の10月に開催されたパリモーターショー2018において、ルノーは開発を進めている完全自動運転の電気自動車コンセプトカー「EZ-ULTIMO」を披露しました。
これで、フランクフルとモーターショー2017での「シンビオズ」、今年の春のジュネーブモーターショー2018での「EZ-GOコンセプト」と立て続けに発表したルノーのロボットカー3部作が完結しました。
いずれも、モビリティの未来へのビジョンを提示したコンセプトカーです。

◆「シンビオズ」は、自動車と住宅の統合がコンセプトです。

シンビオズで自宅へ帰ると、乗車したまま家の中へ入り、そしてシンビオズはインテリアの一部として機能するのです。つまり、外出時は家ごと・部屋ごと移動すると言う斬新な発想です。これによってモビリティと自動車産業の未来を表現するキーワード、「CASE」の中の3つであるConnected・Autonomous・Electric、繋がる・自動運転・電動化を表現した1台になるのです。

◆「EZ-GOコンセプト」は、都市部のカーシェアリングやライドシェアなどのモビリティサービスでの使用を前提にした次世代コンセプトカーです。

そうです、「CASE」の中のSharing・共有に該当します。車両の進行方向に対して乗員が横向きに腰掛けるベンチシートを採用し、360度のガラスエリアは開放感に溢れているロボットカーです。

◆「EZ-ULTIMO」の開発コンセプトは、観光客の利用です。

1時間から1日まで、旅行者の要求に応じた利用が可能です。パリのような観光都市で、ほかでは体験できないプレミアムなツアーを求めるユーザーに対しての移動手段の提案です。
広い間口を持った自動ドアを採用し、インテリアにはウッド、レザー、大理石などの素材を使用してラウンジをイメージする空間を演出しています。
クルマと全てのものをつなぐ「V2X」テクノロジーによってインフラと接続しており、高速道路や専用道路である地点と地点を結ぶ路線を頻繁に往復するシャトルサービスに対応可能と謳っています。

このように、自動車の外部環境の変化とメガトレンド「CASE」をしっかり見据えて、スタイリッシュなルノーの流儀でモビリティの未来図を構築しつつあるのです。
そんなルノーの芸術性に、これからもトキメキましょう。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

関連記事一覧